美術館やギャラリー、劇場などに代表される従来の文化施設としてのかたちにとどまらず、R&D機能やクリエーション環境といった「ラボ機能」を軸として活動を展開する、世界の「ラボ型文化拠点」を紹介します。
Watershed(ウォーターシェッド)(ブリストル、イギリス)
Watershedは、1982年にイギリス初のメディアセンターとして、クリエイティビティとイノベーションで有名な小都市、ブリストルで開設しました。通信、コミュニケーション、メディアを集約させようという指針で、遊び心のあるアートの力による創造の場、テクノロジーのクラスターとハブとして機能しています。古いビクトリア朝の倉庫を拠点とし、三つのシネマスペース、カフェバー、会議スペースなどが存在し、Pervasive Media Studio(パヴェイシヴ・メディア・スタジオ)というコワーキングスペースも有する文化施設です。その活動は、多数の映画会社、デジタルメディア会社が繁栄しているブリストルの発展にも影響を与えてきました。
世界が直面する複雑な課題を解決するには、新しい創造力を開発しなければならない──。Watershedはそのように考え、地元や国の文化団体と、あるいは個人と協力して、それぞれのストーリーをコミュニティとつなげています。「一体感(パートナーシップ)を持つ」ことが希望の未来を可能にするということです。
その一環として、とくに映画上映、映画製作に力を入れ、映画はより幅広い社会や文化の議論を広める出発点と考えられています。次世代の映画製作ができるよう、スキルや知識、自信を養うための、専門的な教育を提供する人材開発プログラムも実施してきました。
Pervasive Media Studioは、Watershedと西イングランド大学ブリストル校、ブリストル大学の連携によって、2008年に設立されました。三つのパートナーそれぞれが、アートと創造力を前面に押し出して、テクノロジーをより包摂的で遊び心のある多用な世界へと方向づけています。重視するのは、この物理的な拠点において、実践と研究、制作と思考、規律とアプローチが衝突すること。そのため、レジデンス・プログラムも毎年行われています。
Watershedは、一部は商業的であり一部は文化施設であるといったアイデンティティを保ちながら、利益を得ることもできる特徴があります。
Watershed & Pervasive Media Studio
所在地:1 Canons Road, Harbourside, Bristol, BS1 5TX
ウェブページ:https://www.watershed.co.uk
開館日時情報:https://www.watershed.co.uk/visit
Waag Futurelab(ワーグ・フューチャーラボ)(アムステルダム、オランダ)
オランダ、アムステルダムのWaag Futurelabは、築400年以上という 建築物の中にあります。歴史的な「Theatrum Anatomicum(解剖シアター)」という施設があり、「オランダ医学のゆりかご」と称される場所です。Waag Futurelabは1994年の設立以降、社会がテクノロジーにどのように対応しているのかを観察し、アーティスト、科学者、デザイナー、そして市民と協力、連携しながら、その変化を明らかにする取り組みを行っています。とりわけ、一般市民の参画が重要さを強調してきました。科学と技術、そしてアートの交差する存在といえ、その際の指針として、「公平性」「開放性」「包摂性」を掲げています。
ミッションとしているのは、持続可能な高性能社会の研究・設計・開発に貢献することです。根底にある文化的前提に疑問を投げかけ、その実験設計をすること。そうして、公共価値に基づいて代替案を実験し、実践することで、研究のコミュニティに市民を巻き込んできました。
Waag Futurelabの活動は、「リサーチ」「アカデミー」「パブリックイベント」に分類され、展開しています。
そのうえで、社会的な問題をテクノロジーを使って探求、探索しています。多くのアーティストや科学者たちの協力を得ながら、さまざまな実験をして、社会的なプロトタイプ化を遂行しています。また、一般市民、民間組織、公共の組織の融合を図る試みを続けています。テクノロジーのパブリック化を重要視しているためです。さらに、インターネット機能の応用法について拡張してきました。施設内のラボで開発されたそれらのソフトウェアやハードウェア、ビジネスモデルなども、オープンソース化しています。
加えて、Waag Futurelabは近年、世界中で問題視されている、気候変動に対する活動も始めています。気候変動が人々の生活に与える影響を調査し、それに対する有効な実践などを提案しています。
Waag Futurelab
所在地:Sint Antoniesbreestraat 69, 1011, HB, Amsterdam
ウェブページ:https://waag.org/en/
Taiwan Contemporary Culture Lab(台湾当代文化実験場)(台北、台湾)
C-LABの愛称で知られるTaiwan Contemporary Culture Labは、台北の面積7ヘクタールほどの敷地に拠点があり、そこはかつて軍事施設でした。台湾政府がこの土地を文化拠点とする方針を打ち出し、C-LABは2018年から、その広さを生かした活動を続けてきました。職員は約50人、財団法人による基金や文化部(日本の文化庁にあたる)によって運営されています。
C-LABは、文化とイノベーションに駆動されたハブとラボといえます。そして、三つの方向性、つまり、アート、テクノロジー、社会を柱とし、「現代アート」と「テクノロジー・メディア」の二つのプラットフォームが存在しています。
現代アート・プラットフォームにおいては、実験的でクリエイティブなコンセプトや生産技術などを奨励しています。開設以来、クリエイターズプログラム、演劇祭、展覧会、研究プロジェクト、野外コンサートなどが、継続して行われてきました。なかでも、クリエイターに対しては、国際的な組織の協力を受けながら、公募によるレジデンシープログラムを行っており、人材開発につながっています。
テクノロジー・メディア・プラットフォームでは、テクノロジーを駆使した実験を中心に活動し、イノベーションと社会的連携に注力しています。「未来ビジョンラボ」、「台湾サウンドラボ」という二つのラボを設けて、その成果が文化的分野とテクノロジー分野の両方で機能することを目指しているのです。たとえば、台湾サウンドラボは、学際性、イノベーション、競争、リサーチ、教育、技術といった多様なミッションが掲げられています。
C-LABの目的は、「文化的な生態系の0から1を作り出すこと」です。クリエイションの段階が0であり、パフォーマンスや展示、プレゼンテーションなどが、美術館や博物館、ギャラリー、オープンスペースで共有されるアウトプットが1ということ。その狭間で活動する施設として、C-LABは進化を続けています。
Taiwan Contemporary Culture Lab
所在地:No. 177, Sec. 1, Jianguo S. Rd., Da’an Dist., Taipei City 106, Taiwan
ウェブページ:https://clab.org.tw/en/
開館日時情報:https://clab.org.tw/en/visit/
山口情報芸術センター[YCAM](山口、日本)
2003年、山口県山口市に開館した山口情報芸術センターは、略称としてYCAM(ワイカム)と呼ばれており、メディアテクノロジーの応用可能性を探求する施設です。山口市は人口20万人ほどですが、国内のみならず、アジアを中心に国際的な発信を続けています。「アートクリエイション」「教育」「地域」など、大学や企業とは違った公共文化施設としてのテーマ設定に特徴があります。
館内には、劇場やシネマ、図書館があり、展示のできるホワイエ、少し大きなスタジオがあります。また、YCAMインターラボという部署があります。20人ぐらいのバックグラウンドが違うスタッフがおり、デザイナー、プログラマー、エンジニア、映像、音響のテクニシャンなどが活躍しています。学芸側のチームには、アート、パフォーミングアーツ、シネマといった各部門のキュレーター、さらにエデュケーター、広報担当やアーキビストも在籍しています。
YCAMの主な制作対象はメディアアートです。開館当初から、アーティストらと共同して制作、発表するなど、作品を世界に発信してきました。山口の地で作品を制作することを重視し、アーティストやクリエイター、研究者が、YCAMインターラボと協力して滞在制作することを続けています。YCAMは、アイデアとアイデアを結びつける場所。そこでは、身体表現や音楽表現などもメディアテクノロジーの応用可能性の先にあるとしています。
教育に関しては、メディアリテラシーをテーマにオリジナルワークショップと体験型学習を実践しています。文字や本を使って教えるタイプではなく、遊びながら、体を動かしながらメディアについて考えることをテーマとしています。
2019年までで、新たに制作したアート作品や教育プログラムの数を合わせると350以上になりました。これらが国内外の各地に巡回することで、山口市のブランディングにも寄与しています。
山口情報芸術センター[YCAM]
所在地:〒753-0075 山口市中園町7-7
ウェブページ:https://www.ycam.jp
開館日時情報:https://www.ycam.jp/guide/
【関連企画】ハロー!ラボラトリーズ!Vol.01:ラボで駆動する、世界の文化拠点
日時:2023年2月25日(土)15:30-19:00(開場15:00)
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
登壇者:Clare Reddington(Watershed)、Lucas Evers(Waag Futurelab)、LIU Yu-Ching(Taiwan Contemporary Culture Lab (C-LAB) )、菅沼 聖(山口情報芸術センター[YCAM])、廣田 ふみ(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])
詳細:https://ccbt.rekibun.or.jp/events/meetup_hellolab01
アーカイブ:https://www.youtube.com/live/zkGq6ASdhU8?si=73mD9RyqvD2sLcLF
Exploratorium(エクスプロラトリアム)(サンフランシス、アメリカ合衆国)
科学とアートと人間の知覚のためのミュージアムを提唱するアメリカ、サンフランシスコの科学博物館がExploratoriumです。名称は「探究するための場所」を意味しており、1969年に物理学者のフランク・オッペンハイマーが創設して、2013年に現在の地に移設。世界中の教育者、研究者、クリエイティブ専門家との協働を推進しています。
子供から大人までを対象にした「学びの実験場」としてのミュージアムの先駆的存在であり、科学現象やアート・インスタレーションの直接的なインタラクティブ体験、また教育プログラムを、数百件も開発してきました。主なテーマは、光や色、音などによる日常的に感じることのできる物理現象を通して、人が世界をどのように知覚しているのかということ。観客自身が思うとおりに展示物で遊び、試し、その経験を共有できる体験を提供することで、展示場は驚きの声と歓声に溢れています。開館当時のキュレーターは、「従来の博物館では知識を得て帰っていくが、Exploratoriumでは自分自身を発見して帰っていく」と語りました。
館内の工房はオープンで、間近でスタッフのものづくりを見ることができます。また、アーティスト・イン・レジデンスにも取り組み、発表される作品はアーティストとスタッフ、科学者による共同制作と捉え、ラボとしての機能を重視してきました。
2013年にはTinkering Studio(ティンカリング・スタジオ)を新設しました。「自分の手を動かして、探究を進める」ための場です。進化を続けるIT環境などを鑑み、コンピュータープログラミングなども取り入れながら、来館者にラボ的な経験を提供しています。それらはオープンソースとして、各国のミュージアムや学校に提供、情報公開されています。
こうしたExploratoriumの活動は、サンフランシスコ特有の対抗文化的な思想風土からも好影響を得ながら、芸術文化による社会の課題、都市の課題へのアプローチの手段としても重要な役割を果たしているのです。
Exploratorium
所在地:Pier 15 Embarcadero at, Green St, San Francisco, CA 94111
ウェブページ:https://www.exploratorium.edu
HELLERAU – European Center for the Arts(ヘレラウ)(ドレスデン、ドイツ)
HELLERAUは、近代建築家のハインリヒ・テッセナウと作曲家で音楽教育者のエミール・ジャック゠ダルクローズの構想に基づいて、1911年に建設されました。ドイツ東端の都市、ドレスデンに位置し、劇場であることを主な目的としながら、近代以降の芸術表現の実験場として歴史を重ねています。国内のみならず国際的な連携も幅広く行われており、コンテンポラリーダンス、音楽、演劇、パフォーマンス、メディアアート、ビジュアルアートの制作と発表の機会を提供し続けることで、現在ではドイツおよびヨーロッパにおいて最も重要な現代アートの拠点のひとつとなっています。
HELLERAU内には公演や展示のための会場が七つあり、屋外の庭園も利用しています。創設当初から、仕事、生活、アートを1カ所に融合させようという思想で運営されてきました。たとえば、リトミックの父と呼ばれるジャック゠ダルクローズの哲学である、「アートも仕事も生活のひとつ。それは知るだけではなく、感じることができる」という革新的な考え方が、これまでの活動の指針となっています。
じつは、戦中から戦後において、HELLERAUは、警察学校の宿舎、ドイツ軍の兵舎、ソビエト軍の病院となるなど、芸術施設として使用されない時期が何年もありました。しかし、ベルリンの壁の崩壊後、1990年代に入ってHELLERAUは、市民のための施設として再生されたという歴史もあります。近年は、年間で数百ものイベントを開催し、4万人の集客を数えています。
1990年代半ば以降は、何種類もの大規模な演劇祭や芸術祭、音楽祭などが定期的に催されたり、芸術に関する夏期講座が行われたりしています。2000年以降は、より国際的な協働を展開しながら、さらに活発化しています。
なお、1週間から2カ月までの滞在が可能なアーティストレジデンス施設も併設してあり、そのアパートやスタジオは、国内外から年間100人以上が利用しています。
HELLERAU – European Center for the Arts
所在地:Karl-Liebknecht-Straße 56, 01109 Dresden
ウェブページ:https://www.hellerau.org
ARCOLABS(アルコラブス)(インドネシア)
2014年に設立されたARCOLABSは、インドネシアでインディペンデントキュレーターを中心に構成されたラボです。当初、スーリヤ大学で、アートとコミュニティ管理を扱う組織内でスタートしました。2016年に独立し、コロナ以降は、あえて拠点を持たない方針を選択して活動しているという特徴があります。そのため、分野横断的なコラボレーションに注力しながら、オープンで柔軟な取り組みを実現しています。
常勤キュレーターとプロジェクトごとの専属キュレーター、アートマネージャー、研究者から成るチームで構成され、「プロジェクトによってさまざまなテーマを探求する」「学際的なアプローチを採用する」「新しい観客の役割を促進する」を目的として掲げています。
クリエイションと教育プログラムを中心に据え、国際的な交流を強化するための手段としてARCOLABSが考えるのは、アートとテクノロジーです。多くのキュレーションの方法を開発、実践し、メディアアートのプロジェクトを主に行いながら、インドネシア全土に平等なアクセスを提供することを目指しています。
ジャカルタのマーケットに対する地域開発プロジェクト、観客の役割を新たに創造するアートプロジェクト、アートを活用した地域密着のフェスティバルなどを開催してきました。これらは、各地の市場を活性化したり、文化的スペースとして再生させたりしながら、より多くの人を巻き込むようなかたちで展開されています。
プロジェクトの多くは、公募で採用した若いアーティストたちと協働しています。また、メディアアートだけでなく、パフォーマンスアートなども成果を上げています。近年は、ビッグデータ、ノマディズム、エコポリティクス、AIなどもテーマとしてきました。
インドネシアのアートシーンでは、以前からコラボレーションやコレクティブが重要な機能を果たしてきました。ARCOLABSも「キュレーション」という手法で、その一翼を担う存在なのです。
ARCOLABS
ウェブページ:https://www.arcolabs.org
【関連企画】ハロー!ラボラトリーズ!Vol.2:時代に呼応する、世界の文化拠点
日時:2023年12月23日(土)15:30-19:00(開場15:00)
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
登壇者:松本亮子(Exploratorium)、Birte Sonnenberg(HELLERAU)、Jeong Ok Jeon(ARCOLABS)、伊藤隆之(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])、廣田ふみ(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])
詳細:https://ccbt.rekibun.or.jp/events/meetup_hellolab02
アーカイブ:https://www.youtube.com/watch?v=KnSUVaD4i6c