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人工知能紀行」

2024年1月12日から21日までの9日間、人間とAIが協働する恐らく世界初のリサーチ拠点「動点観測所(35.39.36.02/139.42.5.98)」がCCBT内に開設されました。本プログラムは、2023年度 CCBTアーティスト・フェローTMPR(岩沢兄弟+堀川淳一郎+美山有+中田一会)によるプロジェクトの一環として開催され、のべ200名以上の作業員(ワークショップ参加者)が参加しました。本レポートでは、制作過程を含むプロジェクトの全貌と、今後の展望、そしてTMPRによるものづくりについて紹介します。

1. 世界初(?)のリサーチ拠点「動点観測所」がCCBTにオープン

“東京・渋谷におそらく世界初のAIと人間が協働するリサーチ拠点が9日間限定で開所しました。その名も「動点観測所」です。あなたもこの観測所の「作業員」となって、世界を観測しませんか。”

そんなストーリーを携え、2024年1月12日、「動点観測所」がCCBT内に開設されました。

観測所の「作業員」にエントリーした人はチームに分けられ、デバイスを渡され、指示されるがまま約30分間かけて渋谷のまちを歩きます。その後ふたたび観測所に戻ってくると、今度は「このレポートを添削してください」と一枚の紙と赤ペンが渡されます。それはAIが参加者の体験を勝手に予測し、生成した「あなたの日記」。果たして人間が感じた体感とAIの予測は重なるのか、重ならないのかーー。

「ワークショップ」と呼ぶにはあまりにも大掛かりな「動点観測所」は、クリエイターユニット「TMPR(てんぷら)」によるプロジェクト「AIが見てきた風景を辿る 人工知能紀行」の「実験」として実施されました(※)。

AIをはじめとする情報社会と人間の関係性を探る本プロジェクトは、なぜはじまり、どのように展開されたのでしょうか。本稿では、プロジェクトの全容をTMPRメンバー・中田一会が振り返ります。

※本プロジェクトは2023年度CCBTアーティスト・フェロー プログラムの一環で実施されました

渋谷に誕生した「動点観測所」の受付。ここで受付した参加者は「作業員」として観測ワークショップに出かけていく。
9,999通りのランダムなルートが自動生成されるマシン(ルート生成端末)を使って、観測ルートを決定する。地図が表示されていないのでどの道を通るか「作業員」にはわからない。
出発前にチームで登録用の写真撮影を行う。この時点では「作業員」に撮影理由が明かされないが、裏側ではこの写真を元にAIによる画像解析を行い、架空のプロフィール(年齢・職業・関係性)が設定される。
「作業員」はライブカメラやバッテリー、ナビゲーション用のデバイスを持って歩く。デバイスには道順が表示されるが、地図の拡大・縮小ができないように設定されていて、ルートの全容がわからないまま歩くことになる。
まち歩き時間は約30分。初対面同士でも知らないまちを歩きながら過ごす時間は意外と楽しい。
観測作業(まち歩き)から戻ってくると、AIが生成した日記を渡される。
AI日記を読みながら、事実と異なる箇所に赤ペンを入れていく。ルート情報に沿った体験が記述されるが、そのときに感じたことや交わされた会話はまったくの創作である。記憶を辿りながら一人ひとりの「30分間」を探る会話がはずむ。
「動点観測所」に並ぶAI日記。人間のまちあるき体験をAIが予測して日記生成し、さらにその内容を人間が赤ペンで「添削」した内容が一覧できる。このプログラムでは、AIが正確な日記を書けるかどうかではなく、人間の体験そのものを振り返る「タタキ」であることが重視されている。

2. 背景と着眼点:「人間 vs AI」構図に対する違和感

「AIが見てきた風景を辿る 人工知能紀行」プロジェクトのテーマは、「技術と人間の〈平熱の共存〉」です。

「動点観測所」は一見すると楽しそうな体験型作品ですが、最新AIによるエンターテイメント性の高い体験を提供することが目的なのではなく、むしろ、人間(市民)がAIに対して過度に期待を寄せたり、極端な畏怖を抱いたりしないための練習機会(=ワークショップ)として実施しました。

ここで大切にしたのは、大掛かりな実験と、日常に対する小さな(しかし本質的な)揺さぶりのバランスです。その背景には、「人間 vs AI」の構図に陥りがちな現代に対するTMPRなりの違和感があります。

テーマ:「技術と人間の〈平熱の共存〉

いまやある種の流行としても拡がる「AI(人工知能)」。生成AIによってアウトプットされる文章や画像の倫理的問題が指摘される一方で、AIの学習能力を活用したシステムが人間生活を豊かにする事例が、日々のニュースを賑わせています。専門外の市民にとっては、なんとなくわかるようでわからないような曖昧なイメージとして、「先端技術としてのAI」が流布しているのが現状と言えます。

事実、スマートフォンを持ってまちを歩き、コミュニケーションし、情報を閲覧し、物品を購入し、生活している時点で、私達の日常は「活用可能なデータ」としてシステムに吸収されています。それらがAIの学習対象になることも少なくないでしょう。しかし、データからでは観測しきれない日常の体感や情報は必ず存在しています。また、私達の生活がシステムに先導されているわけでもありません。もちろん、それらのデータが人間存在の全てでもありません。

そう考えると、しばしばイメージされがちな「人間 vs AI」的な対抗図は、いたずらな恐怖や期待を煽るだけで、情報社会の本当の姿を捉えていないのではないでしょうか。現時点の技術において、過度に怯えることもなければ、望むこともない。それが技術と人間の”平熱”の距離感だと私達TMPRは考えています。
この考えをすべての起点として、本プロジェクトを実施しました。

どの道を歩くか、何を目指すか。ぶらぶらとまちを歩く、散歩するという行為ひとつとっても、さまざまな情報選択を伴う。
デバイスを通してルート検索する、コミュニケーションする、商品を購入する、情報を交換する……。生活のさまざまな場面でテクノロジーを介するが、あまりにも溶け込んでしまって客体化することが意外と難しい。

3. チームとプロセス:試作先行型でつくりながら考える

ここで少しチーム紹介をさせてください。TMPRは、デザイン分野を中心に異なる特技を持つメンバーで構成されたユニットであり、ユニークな方法で身近な物事を捉え直すことを好む協働チームです。

メンバーそれぞれが、「このモノゴト、なんか変だね?」に対し、ナナメの方向からツッコミをいれたり、思わぬ使い方を編み出したりするようなクリエイションを隙あらば仕掛けたいと日々目論んでいます。本プロジェクトもそんなモチベーションから生まれ、このプロジェクトが最初の協働です。

3.1_チーム:TMPRのチーム特性

異なる職能を持つ者の集団において重要なのは、意思決定の方法と、言語の違いを埋めるコミュニケーションの工夫です。最初からしっかり定めていたわけではないですが、最適な方法を探った結果、以下のような3つのチーム特性を持つに至ります。これにより、「迂回するように進む」独特なプロジェクト進行が展開されました。

  1. 指揮者不在:リーダーはいない。つくらない。むしろ、誰もやりたくない。プレゼンでも会議でも毎回話す人が違う。場面ごとに指揮できる人がときどき引っ張る。
  2. 総意不要:意見は無理にひとつにまとめない。むしろ、まとまらない。バラバラの視点と関心を持ったまま、ときに強い意思を持つ誰かががぐいっと引っ張り、メンバーで検討して引き戻す。異なる視点から生まれた意見が重なるところに新しい発見やアイデアが宿る。
  3. 試作・試演先行:何よりもまずタタキ(プロトタイプ)をつくってみる。やってみてから考え、話し合う。むしろ、それぞれの専門性が異なるので、設計図やラフでは同じ深度で話せない。試作・試演すれば、具体的な体験からフィードバックが生まれ、議論が発展していく。
アプリケーションのテスト段階での様子。プログラマー・堀川が試作したナビゲーションアプリでまちを歩いたのち、生成AIによって日記を生成させる実験をチーム全員でしているところ。この実験をしながら「動点観測所」の体験フローも生まれた。
ルート生成端末の試作。ボロボロの段ボールをつかった冗談のようなプロトタイプだが、サイズ感、使用感、ハードの形にそったソフトウェアの形などの検討もこの試作からはじまった。形があることでいじりながら話せる。

3.2_プロセス:実施のための3フェーズ

さて、本編に戻ります。人間と技術が”平熱”で付き合うためには、リテラシーも重要ですが、人間側の想像力や身体的な「構え」をほぐす必要もあります。そのための練習を繰り返すことは、これからの情報社会において、創造的かつ主体的に生きるために重要な活動です。

こうした考え方のもと、TMPRではプロジェクトに3つのフェーズを設定しました(※下図参照)。

冒頭で紹介した「動点観測所」は、「②参加型でやってみる」にあたり、まちを歩いたり(散歩)、記憶をもとに記述したり(日記)といった非常に人間的な行為に対して、AIや各種テクノロジーを用い、技術との距離について考える機会を提供しました。その準備として「①つくる・考える」があり、総括として「③振り返る・まとめる」を約9ヶ月に渡って実施しました。

プロジェクトの見取り図

①つくる・考える(2023年7月〜12月)

具体的なプログラムを設計・検討しました。当初の構想だとテーマに沿った体験提供が難しいと判断し、プロトタイピングを通してストーリーや名称、体験フローなどプランを改善。ワークショップ体験を「動点観測所」と名付け、フィクショナルな設定で実施しようと決めたのもこのときです。「歩かされる」「添削をするように言われる」という作業的な体験を参加者にとって無理なく受け止めてもらうための工夫でした。

  • 2023年7-9月 プロジェクトプランニング(全体設計)
  • 2023年10月 「TMPRの実験室」滞在制作@東京ビエンナーレ/CET2023(ストーリー設計、導線・オペレーション設計、アプリケーション開発と動作テスト)
  • 2023年11月 プラニング・広報準備(広報ストーリーの調整/デザイン制作、オペレーション設計、空間設計、プログラム準備)
  • 2023年12月 滞在制作@CCBT(アプリケーション開発、オペレーション確認)

「TMPRの実験室」滞在制作@東京ビエンナーレ。アートイベントの中で滞在制作型の拠点を設け、企画の話し合いやテストプレイを行った。たまたま立ち寄った人から意見をきいたり、プレイに参加してもらうなど、つくっては試して制作が進んだ。

CCBTでの滞在制作ではより具体的なプロトタイピングと実装にむけた制作を実施。空間設計や体験者導線、ソフトウェアと連携したハードウェアづくり、体験フローなどを同時並行で進め、各担当が連携しながら「動点観測所」のオープンを目指した。

②参加型でやってみる(2024年1月12日〜21日)

「おそらく世界初のAIと人間が協働する観測所」というストーリーのもと、市民参加型ワークショップであり体験型作品である「動点観測所」をCCBT内にオープン。9日間で90組・200人以上が、プログラムによるランダムなルートを歩き、AI日記を添削するという体験をしました。

「動点観測所」告知ビジュアル
アーティスト・トーク「動点観測所開所記念トーク with 木原共」の様子
8名のゲストとともに7夜に渡って展開した「TMPRの反省会」。CCBTのInstagramアカウントにアーカイブされている他、2024年5月にTMPRが発行する冊子の中でもその内容を収録する予定。

③振り返る・まとめる(2024年2月〜3月)

「動点観測所」の終了後、プロジェクトの意図やプロセス、参加者の声、成果をまとめたデジタルブックの制作にすぐに取り掛かりました。冊子の形に落とし込むことによって、ここまでの活動を構造的に整理し、言語化することができました。アーティストトークや反省会、参加者の声、AI日記のスキャンデータなど収録するための素材整理もまた振り返りに役立つ時間でした。

  • 2024年2-3月 デジタルブック『TMPR通信』制作(プロジェクト構想の言語化、プロセスの記録まとめ、参加者の声まとめ、実験をへての考察の言語化)
  • 2024年3月22日 インキュベーションプログラム成果報告会
  • 2024年3月31日 デジタルブック『TMPR通信』公開

4. 成果とまとめ:デジタルブック『TMPR通信』を発行

「技術と人間の〈平熱の共存〉」を目指し、大掛かりな実験をしながら、日常への小さな揺さぶりを仕掛けていく試み。あまりに大きなテーマのプロジェクトを、複雑な方法で企画してしまったこともあり、冊子は想定以上の大作になりましたが、2024年3月、無事にデジタルブック『TMPR通信』が完成しました。

プロジェクトの成果と考察はブックに掲載しています。読む人にとっての楽しさを大切にしつつ、TMPRらしいナナメの視点を活かした紙面に具体的な内容を詰め込んだので、続きが気になる方はデジタルブック『TMPR通信』をぜひご覧ください。

『TMPR通信』誌面(一部)

5. 今後の展開:“動点”しながら続けていきたい

ここまでが「AIが見てきた風景を辿る 人工知能紀行」の活動報告です。2023年度CCBTアーティスト・フェローとしての活動はここまでになりますが、TMPRとしては今後も活動を続け、できれば「動点観測所」も各地で展開していきたいと考えています。
以下は、現時点で考えている展開方法のメモですが、「自分の地域や拠点で開催してほしい」「TMPRに相談したい」「技術的に手伝いたい」などご興味がある方がいれば、ぜひTMPRまでご連絡ください!あなたのいる場所に”動点”していきます。

5.1_今後やりたいことのメモ

  • 「動点観測所」をコンパクトな屋台型にしてさまざまな地域で開所したい
  • 「動点観測所」を文化施設・観光案内所・ショッピングモールなどで開所したい
  • テキスト生成AIだけでなく「ゲームAI」のような技術を使って体験をアップデートしたい
  • AIと体験の記述を比べる「日記」のプロセスを別の形でも考えてみたい

5.2_連絡先

TMPRのInstagramアカウント(@tokyo_tmpr)までご連絡ください

6. おわりに:迂回しながら進むプロジェクトを巡って

「AIをはじめとする情報社会と人間の関係性を探るプロジェクト」を掲げ、アプリケーション開発、ワークショップのデザインと開催、開催結果の検討・考察、それらをまとめた記録ブックの制作を行う……と書けばスマートな印象ですが、実際の展開方法は実に独特であり、複雑でした。

その理由は明確で、先にあげた通りこのプロジェクトが「AIを活用した表現を発表すること」ではなく「情報社会/テクノロジーと人間の関係性を探ること」に主眼を置いていたからです。「情報社会/テクノロジー」も「人間との関係性」もあまりに大きなテーマです。それそのものを「見つめます!」と宣言したところで、真正面から捉えることは非常に難しい。

なおかつ、本プロジェクトはあくまで世の中への小さな“揺さぶり”を狙う表現活動で、アーティスティックリサーチと体験型作品の中間であるという位置づけです。「リサーチ」と銘打っていても、専門家的立場での具体的なデータ取得やその解析、仮説検証やそこからの結論付けを目指した研究活動ではありません。それゆえ、リサーチ活動のようでありながら、「結論」や「核心」を避けるように常にぐるぐると迂回し、なおかつアウトプットは妙に工夫が凝らされている謎の活動にも見えるでしょう。

最終アウトプットも決してわかりやすい形ではないとは自覚していますが、『TMPR通信』の「考察」でも記載したように“コロコロと「動点」しながら、モヤモヤと悩みながら、あーでもないこーでもないと、あちらこちらでさまざまな人とともに「練習」を繰り返す謎の試みとしてやっていく“ことでしか、新しいテクノロジーと社会、そして「市民」(という括りはさておき、それぞれまったく違う背景や価値観を持ってこの社会に生きる人々)の間に、創造的な結節点は生まれないのではないでしょうか。

ふざけているようで大真面目、そして大掛かりかつささやかな仕掛けを通して、これからも活動を続けていきたいと考えています。

中田 一会Nakata Kazue

コミュニケーションプランナー/きてん企画室代表、マガジンハウス〈こここ〉編集長

1984年東京⽣まれ、千葉在住。武蔵野美術⼤学芸術⽂化学科卒業。企業の広報・企画職などを経て、2018年にきてん企画室を設⽴、2021年にウェブマガジン「こここ」を創刊。⽂化、ものづくり、福祉分野の広報、記録、メディア編集などを中心に活動中。

https://ki-ten.jp/

TMPR(岩沢兄弟+堀川淳一郎+美山有+中田一会)Tokyo Moving Point Researchers (Iwasawa Bros. + Horikawa Junichiro + Miyama Yu + Nakata Kazue)

Tokyo Motion Point Researchers

デジタルとフィジカル、ハイテクと手作業、モノの視点とヒトの視点を行き来しながら、まちと遊ぶリサーチユニット。立体デザイナー、立体プログラマー、平面デザイナー、対物プランナー、対人プランナーが協働中。2023年結成。読み方は「てんぷら」。

https://www.instagram.com/tokyo_tmpr/