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2025年2月15日(土)、16日(日)に、中高生を対象としたワークショップ「つくる・考える・話す:人工細胞のレシピ」を開催した。
講師には、CCBTアーティスト・フェローのHUMAN AWESOME ERROR・福原志保氏と、国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員の車 兪澈氏を迎え、参加者は人工細胞をつくる実験やディスカッションを通して、「わたしたちの生命」について考える機会を持った。
本レポートでは、ワークショップやディスカッションの内容に加え、開催に至るまでのアーティストの想いについても紹介する。

1.はじめに

CCBTでは、デジタル・クリエイティブに出会う場として、各分野の専門家を講師に迎えたワークショップやCCBTテックラボの機材をつかったものづくり、プログラミングなどの講座を行っている。ワークショップ・プログラムを通して、ものづくりや実験のスキルを身につけながら、市民の未来のリテラシーやフルエンシーを高めていくことを目的としている。
「つくる・ 考える・話す:人工細胞のレシピ」では、CCBTアーティスト・フェローのHUMAN AWESOME ERROR・福原志保氏と、人工細胞の研究者で国立研究開発法人海洋研究開発機構(JAMSTEC)主任研究員の車 兪澈氏を講師に迎え開催した。

2.ワークショップの流れ

  1. 細胞について(レクチャー)
  2. 人工細胞をつくる
  3. 展覧会「Super Cells Infinite」について
  4. ディスカッション
  5. まとめ 

2.1 レクチャー:細胞について

ワークショップの冒頭では、車氏が細胞と人工細胞についてのレクチャーを行った。細胞の複雑な構造や、自己増殖する特徴について説明し、自己増殖を続けるがん細胞についても正常細胞との比較を交えながら解説した。さらに、細胞と人工細胞の違いについても言及し、細胞膜の機能の違いについて学んだ。
さらに、細胞膜の性質についても解説。細胞膜は脂質から作られており、脂質は水に溶ける分子と溶けない分子から構成される。そのため、脂質に水を加えることでカプセル状の構造が形成される。今回の人工細胞を作る実験も、この性質を利用したものである。

2.2 人工細胞をつくる

今回、ボルテックスや遠心機といった大学など研究施設でも使用されている機器を用い、全部で9つの工程で実験を行った。参加者は、ピペットをはじめとした各種機器の使い方を学びながら実験を進め、最後に蛍光顕微鏡で観察を行った。その結果、参加者全員が丸い人工細胞をつくることに成功した。
作成した人工細胞と、口腔内から採取した粘膜細胞を同じプレパラート上で観察し、両者の違いを比較する実験も行った。ワークシートには、「1.自分のつくった細胞は生きていると思いますか?」、「2.自分の細胞と自分のつくった細胞に違いはありますか」という2つのテーマが設定され、参加者はこれまでのレクチャーや実験、観察を踏まえて意見を書きこんだ。

2.3 レクチャー:展覧会「Super Cells Infinite」について

福原氏は、2025年2月11日〜24日に開催されたHUMAN AWESOME ERRORの展覧会「Super Cells Infinite」について解説した。「Super Cells」は福原氏による乳がん罹患をきっかけに開始したプロジェクトであり、自身ががんを認識していく渦中に生まれた「がんとは何なのか」「全ての人間が毎日のように生成するがん細胞のしくみ」といった問いを理解し、それらを他者と共有、オープンにするためのプロセスや活動である。
上記のプロジェクトの説明に加え、本ワークショップでは福原氏のがん細胞を取り出すために行われた病院や大学など様々な機関とのやりとりの経緯や、人間から採取した細胞を用いた研究の歴史について触れ、肉眼では捉えられない小さな細胞の中に、膨大なデータが含まれており、人の細胞を扱うということには、個人の情報を取り扱うという倫理の問題が潜んでいることを学んだ。

2.4 ディスカッション

2つのグループに分かれ、「2.2 人工細胞をつくる」の工程でワークシートに書き込んだ、「1.自分のつくった細胞は生きていると思いますか?」、「2.自分の細胞と自分のつくった細胞に違いはありますか」という質問に対する意見を交換しあった。「1.自分のつくった細胞は生きていると思いますか?」のテーマでは、生きている、生きていない、はたまた、どちらともいえないといった意見がみられた。

・「つくった人工細胞が少し震えて見えた。自ら運動することを生きていると仮定するなら、振動することはエネルギーがあると言えるため、震えてみえた人工細胞は生きていると思う」
・「現段階では機能がないため生きているとは言えないが、これから命になりえるものをつくった気持ち」
・「最初のレクチャーでの理論では、人工細胞には機能がないため生きていないと思う」

など様々な意見が出ていく中で、「生きている・生きていないはどういう状態のことを指すのか」、「生きていると感じる時はどんな時か」といった問いにも発展した。また、「2.自分の細胞と自分のつくった細胞に違いはありますか」というテーマについては、観察を通して見つけた違いや、レクチャーを踏まえ、細胞の機能の面から違いを考えた。膜に着目し、生きた細胞が持つ内と外を区切る役割を再認識したり、「今日つくった人工細胞には機能がないが、これの発展系が生きた細胞だと思うと完全に違うとは言えない」や、自分の細胞と思えるかどうかという所有感についてまで、同じ切り口から少しづつ違った角度の意見が出ていた。
グループごとにディスカッションをした後には、グループの中から代表者1名が、それぞれのチームで話し合ったことを他のチームに伝えた。

3. 参加者の感想

ワークショップ後に行ったアンケートでは「人間とは何か、について深められた」や、「人工細胞を通して、生きているとはどう言うことか、相違点を考えることによって見つけることができてよかった。」といった感想が寄せられ、ワークショップのテーマである「わたしたちの生命を考える」という問いに取り組めたことがうかがえた。
また、「内液を変えることでどんな変化があるのかも気になった」といった科学への興味を示す意見もあった。さらに、「同世代ではあるけれど、育った環境や年齢がさまざまな人たちと同じテーマを同じ時間で考えて意見を交換する機会はとても貴重なので、良い体験になった」といったディスカッションの意義を評価する声もあった。

(小林玲衣奈(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]))

4. ワークショップ開催にあたって

Super Cellという、がんに関するこれまでの連作は、普段肉眼では見えない、がん細胞、さらには細胞について感覚的に認識し直すための試みでもありました。しかしながら1人か2人の人間が想像できることはたかが知れています。
CCBTで活動するにあたり、私たちは様々な研究者さんや、がんに罹患された当事者さん、そしてその方々を含む市民の皆さんの想像力が集まる場としてのプロジェクトを強く意識してきました。これまでの「Super Cell」を「Super Cells」と複数形に更新したのはその為です。
ワークショップはその取り組みの一環として、特に知識や思考力が急速に拡大し、また、固定された思考パターンに縛られがちな成人になる前の10代を対象に企画しました。
車さんのレシピで作る人工的な細胞膜は、動植物の最小単位としての細胞、そして生命の起源に想いを馳せられるだけでなく、細胞の機能を探求するためのキャンバスにもなります。
大人の目線から、分裂しないただの油膜は生物ではない、と言い切ることは最も安易な感想かも知れません。果たして、参加者の皆さんが実験を通して自分の目で見て体験してから行うディスカッションでは、当初企画した私たちの予想を遥かに超えた様々な視点が行き交うことになりました。
私たちは、引き続きこのような取り組みが単なる知識の共有を超えて、一人ひとりの想像力が交差しながら新たな創造が生まれる切っ掛けになることを願っています。

(HUMAN AWESOME ERROR(アートコレクティブ))

つくる・ 考える・話す:人工細胞のレシピ

開催日:2025年2月15日(土)、16日(日)
時間:13:00〜16:00
会場:シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]
講師:車 兪澈(くるま ゆうてつ)(国立研究開発法人海洋研究開発機構[JAMSTEC]主任研究員)、福原志保(アーティスト、研究者)

HUMAN AWESOME ERRORHUMAN AWESOME ERROR

社会における自己証明の不確かさを発端に名付けられたHUMAN AWESOME ERRORは、システムエラーから痛快な視点を見出すコレクティブとして2019年より発足。蔡 海、福原志保を中心にプロジェクトごとにチームを組成しながら、映像、ドローイング、立体造形、インスタレーション、プロダクト、バイオテック、工芸など様々なメディアを横断しながら活動。「Super Cell」のプロジェクトでは、冷凍保存された福原志保のがん細胞をラボに移設し、培養することを目指しながら、生命倫理への問いかけや新たな免疫研究に挑戦します。2024年現在、東京と京都の2つの拠点をベースにテーマを深堀中。

小林玲衣奈Kobayashi Reina

1998年、名古屋市生まれ。2023年4月から2025年3月までシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]に勤める。

https://kobayashireina.com

多田かおりTada Kaori

キュレーター

東京藝術大学大学院映像研究科博士後期課程修了(博士)。2013〜24年恵比寿映像祭(東京都写真美術館主催)キュラトリアルチームに参加、2020〜24年東京都写真美術館学芸員。恵比寿映像祭では佐々木友輔、フォレンジック・アーキテクチャー、マーティン・シムズ、スタン・ダグラスなど「映像」という概念を押し拡げるような活動を行う作家・作品を紹介。2022年企画の「イメージ・メイキングを分解する」展では、私たちのものの見方の条件としてのメディアや技術の相対化を試みた。また藤幡正樹、タマシュ・ヴァリツキー、木本圭子などの作品収集を担当した。