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2023年7月7日から8月20日までCCBTで開催されたショーケース・プログラム「岩井俊雄ディレクション『メディアアート・スタディーズ 2023 :眼と遊ぶ』」にて、岩井俊雄作「時間層シリーズ」(1985年〜1990年)から3作品が再展示されました。これらの作品は最後に展示されてから25年以上経過していましたが、CCBTのテクニカルスタッフと作家による共同作業の結果、ほぼ制作当時の状態で展示することができました。本レポートでは、「時間層」シリーズのうち、《時間層I》《時間層III》《時間層IV》がどのようなプロセスを経て再展示されたのか振り返りながら、メディアアート修復のケーススタディとして考察します。

はじめに

2023年7月7日から8月20日までCCBTで開催されたショーケース・プログラム「岩井俊雄ディレクション『メディアアート・スタディーズ 2023 :眼と遊ぶ』」にて、岩井俊雄「時間層」シリーズ(1985年〜1990年)から3作品が再展示されました。これらの作品は最後に展示されてから25年以上経過していましたが、CCBTのテクニカルスタッフと作家による共同作業の結果、ほぼ制作当時の状態で展示することができました。
 岩井は作品保存のために、制作当初から買い集めたパソコンを100台以上も所有してるそうです。自身の作品の将来について自覚的に考えて実践した数少ないメデイアアーティストだと言えるでしょう。今回のCCBTでの再展示に使われた筐体や機材はほぼ岩井が個人的に倉庫で木箱で保管していたものであることは特筆すべき点です。倉庫は空調がきいた美術館収蔵庫とは違い一般的な倉庫ですが、木箱が作品や機材の劣化を想像以上に防いだと考えられます。
 本レポートでは、「時間層」シリーズのうち、《時間層I》《時間層III》《時間層IV》がどのようなプロセスを経て再展示されたのか振り返りながら、メディアアート修復のケーススタディとして考察します。もし、岩井が作品を保管していなかったら今回の再生プロセスは全く違う内容になっていたのではないかと思います。

CCBTに一時保管した木箱
岩井俊雄の個人倉庫。クレーンがあり、重いものを扱うこともできる。

多くのコンピュータ関連機器やテレビモニターなどが保管されている。


1. 「時間層シリーズ」について

 タイトルに「時間層」がついているシリーズ作品は全4作品で、1985年から1990年にかけて岩井俊雄によって発表されました。「驚き盤」や「ゾートロープ」などの視覚装置には、静止画が動いているように見せる仕掛けとしてスリットがあります。「時間層」シリーズで共通することは、このスリットを利用し、テレビモニターやプロジェクターを光源にして点滅させるという技術的転換を取り入れている点です。映画が発明される前の視覚装置に新しいテクノロジーによって突然変異を起こした作品ともいえます。

1.1_作品概要

*参考資料:展示パネルおよびカタログ『どっちがどっち?いわいとしお×岩井俊雄:100かいだての家とメディアアートの世界』

《時間層I》1985年

写真提供:岩井俊雄

素材および使用機材:紙、木、鉄、モーター、ブラウン管テレビモニター(ソニープロフィール 27インチ)、スピーカー、ビデオデッキ
*ビデオテープはVHS。映像はシャープ「パソコンテレビX1」で制作したものをビデオテープに録画。

作品概要:
大学の卒業制作作品。自身の創作の源である「眼」と「手」をモチーフに、それぞれの動きをビデオカメラで撮影し、各180フレーム分の静止画としてビデオプリンターで出力した後、ケント紙に縮小印刷して円筒にらせん状に貼り付けた。円筒をモーターで回転させ、テレビモニターの光を当てると、何百という眼と手がいっせいに動きながら横に移動していく映像が現れる。ストロボとして使用した映像は、パソコンの画面をプログラムによって点滅させビデオテープに録画。音に合わせて画面の色や点滅スピードを変えた。「ハイテクノロジーアート展’85」にて金賞を受賞。

《時間層II》1985年

写真提供:岩井俊雄

素材および使用機材:紙、鉄、モーター、ブラウン管テレビモニター(ソニープロフィールプロ21インチ)、スピーカー(ソニープロフィール付属)、ビデオデッキ
*ビデオテープはVHSまたはU-matic。映像はシャープ「パソコンテレビX1」で、音楽はMSX2で制作したものをビデオテープに録画。

作品概要:
《時間層I》の平面的な映像を、本作では円盤上に人形を立てることで立体的な映像へと進化させた。円盤の回転に合わせ、作品上部に設置したテレビモニターからはストロボ光が照らされ、すべての人形が生きているかのように動き出すイリュージョンを生み出す。映像と人間との関係を、より自由にしたかったという岩井は、好きな時に好きな角度から自由に見られる映像作品を目指し、本作は、作品を取り囲んで鑑賞できるように、このような姿となった。機材を舞台裏に隠さず、露わにしたのは、映像が動いて見える仕組みの面白さにまで興味を持ってもらいたいとの思いからである。第17回現代日本美術展大賞受賞。東京都写真美術館蔵。

《時間層III》1989年

写真提供:岩井俊雄

素材および使用機材:
紙、アルミ、鉄、アクリル、モーター、ブラウン管テレビモニター(ソニープロフィールプロ21インチ)、スピーカー(ソニープロフィール付属)、コンピューター(MSX2 *1)、MIDI音源ユニット(KAWAI K1r)
*映像と音楽ともにコンピューターからリアルタイムで出力されたものが、テレビモニターに映し出される。

作品概要:
名古屋で開かれた世界デザイン博覧会のパビリオンで開催された「第1回名古屋国際ビエンナーレ・ARTEC’89」への招待作品として、「時間層II」のスケールをさらに大きくし立体的なものにした作品を構想。3つの透明なアクリルドーム内にそれぞれ、動物・植物・鉱物をテーマにした動画を立体的に配置したほか、3台のモニターのストロボ光の変化を音楽に同期させるために4台のパソコンを使用した。1台が音楽をリアルタイムに演奏しつつ、他の3台に信号を送り、音楽に合わせてストロボを切り替えていく。

*1: MSX:1983年に米マイクロソフトと日本のアスキー社が共同で発表したコンピューターの共通規格。1985年にMSX2、1988年にMSX2+がリリースされた。MSX2とMSX2+の主な違いはビデオプロセッサの更新により自然な写真画像が表示できるモードが追加されたこと、横スクロールが可能になったこと、漢字ROMが標準搭載されたことなどが挙げられる。時間層IIIおよびIVはどちらでも動作する。

《時間層IV》1990年

写真提供:岩井俊雄

素材および使用機材:
紙、アルミ、鉄、木、ポリカーボネイト、モーター、三管式ビデオプロジェクター、コンピューター(MSX2)
*映像はコンピューターからリアルタイムで出力されたものが、三管式ビデオプロジェクターから投影される。

作品概要:
井戸のような形の作品内部では、3層に重ねた直径1.1mの透明なポリカーボネイトの円盤が、モーターによって回転する。円盤にはCGで作成した数百枚の動画が貼り付けてあり、天井からの光によってそれら幾何形体の画像が回転や変形を繰り返す。光源にはこれまでのテレビモニターに代えてビデオプロジェクターを使用した。光が拡散しないプロジェクターの特性から、部分ごとに色が変えられ、よりダイナミックな演出が可能となった。また、円盤上にくっきりと影が落ち、浮遊感のある美しいイメージができあがった。

まず、これら4作品の制作年に注目すると、I/II、III/IVがそれぞれ同時期に制作されています。このことは、ストロボ光源に使われている映像の再生機の変化にも見られます。前者はビデオデッキで、後者はコンピューターが使われています。岩井によれば、ビデオテープは何度もループ再生すると劣化することに対して、コンピューターは常に同じクオリティの映像が再生できたことが利点の一つだったようです。

1.2_映像機器

 まず、これら4作品の制作年に注目すると、I/II、III/IVがそれぞれ同時期に制作されています。このことは、ストロボ光源に使われている映像の再生機の変化にも見られます。前者はビデオデッキで、後者はコンピューターが使われています。岩井によれば、ビデオテープはループ再生によって劣化することに対して、コンピューターは常に同じクオリティの映像が再生できたことが利点の一つだったようです。また、IIIではコンピューターを使うことによって、3台同時に映像と音楽を同期させることを実現しました。
 一方、映像を表示させる機器(支持体)に注目してみると、I/II/IIIはブラウン管式モニターが使われ、IVは三管式ビデオプロジェクターが使用されています。モニターとプロジェクターを同シリーズ作品の光源として比較した場合、光の拡散や映像のコントロール可能性に機能の違いが見られますが、ブラウン管技術を使った支持体という点では共通しています。つまり、時間層シリーズの映像は、現行のLCDやLEDを使ったモニターやプロジェクターでは表示できない、ブラウン管技術による映像のクオリティが特徴であることが分かります。

1.3_バージョン

 I/IIは、短時間で一度に大人数で作品が鑑賞できるように改変されたイベントバージョンがそれぞれ制作されました。イベントバージョンは、インスタレーションではなく、アニメーション上映会の合間などで発表されていることから、映像上映に近い展示形態といえます。
 さらに、IVのバージョンとして、《Well of Lights》(1992年、エクスプロラトリアム所蔵、米国)や、セビリア万博日本パビリオン(1992年、後に大阪府が収蔵)で展示されたバージョンがあります。これらのバージョンは基本的な構成要素やテクニカル面は同じですが、円盤のサイズや、円盤に貼り付けられたアニメーションのモチーフが異なるバージョンです。

時間層シリーズのタイムラインと機材(図作成:明貫紘子)

2. 再展示のための修復方針と展示形態

CCBTでは「時間層」シリーズからI/III/IVを再展示し、資料展示の一環として、IIのイベントバージョンの円盤部分を展示しました。

CCBTでの資料展示の展示風景(撮影:佐藤基)
ぴあアニメフェスティバル(1985年)の上映プログラムの間に、時間層I/IIのイベントバージョンが上演された。(写真提供:岩井俊雄)

 「時間シリーズ」で使われている機材、特にブラウン管テレビモニターや三管式ビデオプロジェクターは、形と機能ともに作品にとって重要な役割を果たしていることから、準備段階から制作当時に近い状態で展示することを目指しました。基本的な修復方針は下記の通りです。

1) 制作当時のオリジナルの筐体や機材を使う。必要に応じて修理する。
2)もし、機材の修理が不可能な場合は同機種を探す。

作品別の修復方針と最終的な展示形態は下記の通りです。

《時間層I》
1)修復方針
a. オリジナルの筐体を使う。
b. 制作当時に使用したブラウン管テレビモニター(ソニープロフィール 27インチ)が保管されていないため、同機種を新たに探す。見つからない場合は、同じサイズのブラウン管テレビモニターを探す。小さくても可能。サイズと機種を合わせる。
c. 制作当時に使用したVHSテープがあるので、可能であれば使いたいが、展示運用と今後の作品保管の観点から、デジタル化した映像をメディアプレーヤで再生する。
 *望ましい展示形態の候補
 ⅰ. オリジナルのシステム
 ⅱ. 映像をデジタル化して、メディアプレイヤーを使う
 ⅲ. 映像をデジタル化して、DVDプレイヤーを使う

2)CCBT展示形態
制作当時と同機種2台は入手ができなかったが、小さいサイズのブラウン管テレビモニター(ソニープロフィールプロ21インチ)を入手し、代替使用。映像はVHSテープからキャプチャーした映像をデジタル修復して、デジタルデータ(フォーマット:720×480 59.94p H.264)をメディアプレーヤー(BrightSign)で再生。テレビモニターまでの機材構成は、BrightSign→<HDMI>→IMAGENICS HDC-165→<RCAコンポジット>→ソニープロフィールプロ21インチ。

《時間層I》の展示風景、1985年(写真提供:岩井俊雄)
《時間層I》の展示風景、CCBT、2023年(撮影:佐藤基)
2023年CCBT版システム図(図作成:田部井勝彦)
制作スケッチ:VHSデッキ1台から分配器を使って2台のテレビモニターへ入力していたことが分かる。(資料提供:岩井俊雄)

《時間層III》
1)修復方針

a. オリジナルの筐体を使う。ただし、サビを防止する観点からネジは鉄製からステンレスに変更することが望ましい。
b. 制作当時のブラウン管テレビモニター(ソニープロフィールプロ21インチ)を使う。
c. 制作当時と同機種のコンピューターMSX2を保管しているので、それが使えるかどうか検証する。必要に応じて修理する。修理できない場合は、プログラムコードの書き換えを検討する。
d. 制作当時に使用したMIDI音源ユニット(KAWAI K1r)を保管しているので、それが使えるかどうか検証する。必要に応じて修理する。修理できない場合は、同機種を探す。同機種が見つからない場合は、接続するコンピューターMSX2の修理状況を踏まえて現行の機材を検証する。
e. モーターを東京対応(50Hz)にするためにギアユニットを使用する。

2)CCBT展示形態
ソニー製MSX2を修理することができ、MIDI音源やケーブル類も動作したため、オリジナルの構成で展示することができた。

《時間層III》の展示風景、 ARTEC’89、1989年(写真提供:岩井俊雄)
《時間層III》の展示風景、CCBT、2023年(撮影:佐藤基)
配線図:MSXのインターフェースを工夫して使い映像や音声の同期を実現させている(資料提供:岩井俊雄)
システム図:MSXのインターフェースを工夫して使い映像や音声の同期を実現させている(資料提供:岩井俊雄)

《時間層IV》
1)修復方針
a. オリジナルの筐体を使う。
b. 制作当時に使用した三管式ビデオプロジェクターが保管されていないため、同じ機種を新たに探す。見つからない場合は、展示ができない。
c. 制作当時と同機種のコンピューターMSXが保管されているので、それが使えるかどうか検証する。必要に応じて修理する。修理できない場合は、プログラムコードの書き換えを検討する。
MSXを修理した後、ケーブルなど配線してオリジナルのシステムで動作するか確認する。ケーブルが不良である場合は中古で探す。作家が改造している部分(自作デバイスなど)もあるので、検証と修理が必要になるかもしれない。

2)CCBT展示形態
サンヨー製MSX2の動作確認ができ、三管式ビデオプロジェクター(SONY VPH-D50QJ 1996年製)を入手したため、オリジナルの構成で展示することができた。SONY VPH-D50は内部で使われているブラウン管が7インチで、現在ではこのサイズは生産されていないが(*9インチは現在も生産されている)、ICCでの個展での使用実績からこの機種を採用した。

《時間層IV》の展示風景、 ラフォーレミュージアムエスパス、1990年(写真提供:岩井俊雄)
《時間層IV》の展示風景、CCBT、2023年(撮影:佐藤基)
オリジナルのシステム図(資料提供:岩井俊雄)

3. 修復のための作業プロセス

 「時間層」シリーズの再生プロセスについて時系列で、より具体的に振り返りたいと思います。修復の作業は大きく3つのフェーズに区分できます。また、今回は全てのフェーズにおいて記録を残すため、作家立ち合いの作業は本人の証言を記録することを目的にして、ピンマイクで音声を録音しながら映像記録し、CCBTスタッフによる作業については、写真とテキストによる作業日誌を作成しました。

作業日誌:「やったこと」と「共有事項」を箇条書きでGoogleドキュメントで関係者と共有した。
作業日誌用の写真を時系列でGoogleフォトで関係者と共有した。

〈3つのフェーズ

1)フェーズ1 修復の準備(プリ・プロダクション):
再展示/再制作に向けた修復方針決定までのフェーズ
・作家へヒアリング
・関連資料の調査
・オリジナル機材や筐体など構成物のコンディション・チェック
・作品仮組み
・予算見積

2)フェーズ2 修復(プロダクション):
修復方針をベースにして実際に修復作業を実施するフェーズ
・新規あるいは修理した機材のテスト
・映像のデジタル化などマイグレーション作業
・作品のインストール/公開

3)フェーズ3 将来のための準備(ポスト・プロダクション):
将来の再展示/再制作のために想定できる課題を抽出するフェーズ
・制作プロセスの振り返り
・展示記録
・データのバックアップ作業
・課題抽出とその解決方法に関して検討
・作家の意向確認
・上記をもとに、新たに作品インストールのインストラクションを作成することが望ましい。

3.1_フェーズ1:修復の準備(2022年〜2023年5月)

2022年:MSX2を作家自ら修理していた

修復方針を検討するフェーズは、2022年7月に茨城県近代美術館にて開催された岩井俊雄個展「どっちがどっち?いわいとしお×岩井俊雄:100かいだての家とメディアアートの世界」の準備段階へ遡ることができます。というのも、同展でインタラクティブな作品「マン・マシン・TV」シリーズ(1989年)から2点*2を展示するために、岩井が個人的に保管していたコンピューター(MSX2)のコンディションチェックや修理を作家自ら実施していたためです。MSX2の故障原因や修理可能性についてある程度把握していたことは、「時間層」シリーズの再展示に向けた重要なステップであったと言えます。
 また、2022年度は文化庁の助成を得て「岩井俊雄アーカイブ&リサーチ」プロジェクトの一環で、岩井の映像作品を含む映像資料のデジタル化を実施しており、その中にI/IIのストロボ映像のビデオテープも含まれていました。
 さらに、作家によってすでに「時間層」シリーズを含めた代表的な作品の現状と、再展示のために必要な修復に関する課題について抽出していたことも修復方針の決定に役立ちました。

*2: 《マン・マシン・TV No.3(ジョイスティック)》と《マン・マシン・TV No.5(回転ハンドル)》が展示された

2023年1月21日:CCBTでミーティング

CCBTでの初めての対面ミーティングでは、岩井は「CCBTでやってみたいことのアイデアメモ」を関係者と共有しました。岩井はメモで「時間層」シリーズのうち、「I/III/IVが1998年以降25年間、展示される機会を失っている。」とし、IVを修復する場合のプロセスを下記の通り例示しました。

 → 愛知県の岩井倉庫からの移動、点検、修理、組み立て
 → 三管式プロジェクターを入手
 → MSX2から映像出力
 → 完全再現後、その他の再生方法を実験(LED光源投影機の開発など)

この時点では、IVのみ再展示することを想定していました。MSX2については修理すれば展示に使用できる目処がついており、三管式ビデオプロジェクターが入手できれば、再展示できる可能性が高いと考えていたためです。岩井が提示したプロセスによれば、まずはオリジナルの機材構成で再展示してから、代替機について検証することを提案しています。

「どっちがどっち?いわいとしお×岩井俊雄:100かいだての家とメディアアートの世界」展カタログ
*映像ワークショップ合同会社のオンラインショップで販売中

2023年4月7日:「時間層」シリーズから3作品展示することを提案

岩井が作成した新しい企画書「CCBT 夏の企画」に「時間層」シリーズからIVに加えて、I/IIIも展示することが盛り込まれました。その修復プロセスを下記の通り示しました。(*企画書から一部抜粋)

 → 三管式プロジェクターやビデオモニター、MSX2コンピュータなど修復・再現に必要な機材を探し調達
 → 《時間層I》のストロボビデオテープのデジタル化(進行中)と、再生機材の選定・調達
 → 愛知県岩井倉庫へ調査・整理にいく
 → 作品木箱をCCBTへ運送
 → 開梱し、中身を点検、必要に応じて修理(鉄部品の錆び取り、モーター交換など)
 → 組み立て、機材設置
 → 光源のLED化など、未来に向けた保存方法の検討・実験

ここでも、オリジナルの機材構成で再展示を実施してから、未来に向けて代替機器について検証することを提案した点に注目できます。

2023年4月14日:「時間層」シリーズから3作品展示できるかスタディ

岩井主導で作品の修復方針が固まりつつあるなか、予算調整や中古機材のリサーチに着手しました。そもそも、3作品展示できるスペースが確保できるのかCADで展示スタディなども平行して実施しました。

展示スタディ(CAD制作:Arsaffix 岩田拓郎)
リスト1「時間層再生修復方針」:4月下旬から作家へのヒアリングや提供された資料を元に作品別に構成要素(機材や作品パーツ)のリストを作成し、修復方針を検討し始めた。

2023年5月6日:動作する三管式ビデオプロジェクターを扱う業者を発見!

「時間層」シリーズの再展示に必要な中古機材(ブラウン管テレビモニター、三管式ビデオプロジェクター、MSX2)をリサーチしたところ、オークションサイトやフリマアプリなどで出品されている機材はあるものの、動作にやや不安がありました。しかし、三管式ビデオプロジェクターを扱う専門業者「EMC設計」を見つけることができ、IVの再展示の実現可能性が高くなりました。

CCBTでの展示のために、EMS設計社から購入した三管式ビデオプロジェクター「SONY VPH-D50QJ」1996年製

2023年5月12日:岩井俊雄の個人倉庫から作品搬出

岩井は、1994年にZKM(ドイツ)を皮切りにしてフィンランドとオランダを巡回した個展「TOSHIO IWAI EXHIBITION」から戻ってくる木箱を保管するため、実家に専用の倉庫を作りました。その倉庫へCCBTテクニカルスタッフをはじめとした関係者が集まり、木箱の中身の確認をしました。倉庫自体は一般的な倉庫であるものの、木箱で保管されていたためか、プラスチックの梱包資材も含めて保管状態が良かったことが印象的でした。その木箱が最後に開けられたのは1997年で、同年は、InterCommunication Center[ICC]にて個展が、広島アニメーションフェスティバルにて展覧会が開催され、「時間層」シリーズも展示されました。 また、搬出準備をしながら、修復の作業内容とスケジュールについて打合せをし、そこで、岩井からMSXの修理を「レトロ堂」へお願いするのはどうか、という提案がありました。

フォークリフトをレンタルして、荷物を運び出した。
岩井が展覧会時に作成した梱包マニュアルを元にクレート毎に中身を確認した。
時間層IVのクレートの中身。倉庫は一般的な倉庫であるにもかかわらず、梱包材含めて保存状態は良好だった。
時間層III用のケーブル類。カビが付着していたり内部の劣化が不安であったが、結果的には全て動作した。
リスト2「岩井俊雄CCBT作品修復計画」:リスト1「時間層再生修復方針」で抽出した、作品別の構成要素(機材や作品パーツ)のコンディションチェックと修理などにかかるスケジュールをシミュレーションした。岩井が立ち会う機材確認の日などは全て映像記録のスタッフを手配した。

2023年5月13日:CCBTに作品が到着

CCBTに木箱が届くと同時に、荷解きと「物品リスト」をチェックしながら、まず、優先順位の高いMSX2と音源ユニット(KAWAI K1r)の動作確認を実施しました。全7台のMSX2のうち5台にフロッピーディスクドライブ(FDD)の故障のためフロッピーを読み込むことができませんでした。そこで、早急にレトロ堂へ修理可能かどうか連絡をとり、事前に動作の確認がとれていた1台(サンヨー製)を除く、6台の修理とフルメンテナンスとFDDを換装することになりました。
音源ユニットのテストはMSX2の修理を待つ必要があったため、Macbookから → USB-MIDIコンバーター →  KAWAI Klrへ配線し、MacbookからMIDI信号を出力することで動作確認できたので、そのままオリジナルの機材を使うことに決めました。

ブラウン管式テレビモニターにアナログ接続して、ソニー製MSX2のテスト。
サンヨー製MSX2のテスト。画像の表示に成功。
リスト3「物品リスト」

2023年5月18日:CCBTにて岩井立ち合いのもと、作品の開梱と動作確認

数日間かけてCCBTスタッフによって、テレビモニターやスピーカーなどの動作確認をした後、作家立ち合いで作品の状態確認と機材の動作確認をしました。
いずれの作品も筐体はサビや変色などの劣化が多少見られるものの、そのまま使うことになった一方で、映像を再生/表示させるための機器については、マイグレーションまたは修理が必要であることが分かりました。とりわけ、《時間層I》については、すでに映像がデジタル化されていたので、メディアプレーヤーでのテストを実施しましたが、うまく作品を再現することができませんでした。後に、すでにデジタル化していた映像のフレームレートが原因だったことが判明しますが、この時点では原因が分からず、エラーの可能性についてさまざまな検証がされました。
この時点で最終的に再展示と修復の方針がほぼ決定しました(本レポート「2. 再展示のための修復方針と展示形態」を参照)。

VHSテープに収録されている、《時間層Ⅰ》のストロボ映像によるアニメート確認。
スマートフォンのストロボアプリでもアニメートさせることができた。
《時間層III》のドーム内部。状態良好。
《時間層IV》のモーター。状態良好。

3.2_フェーズ2:修復(2023年5月19日〜7月7日)

アナログビデオテープのマイグレーション

IIIとIVの機材(MSX2、MSX2+)の修理については「レトロ堂」に外注したため、主にCCBT内部では、Iの映像をメディアプレーヤーで再生し、ブラウン管式テレビモニターで表示することを目指してテストをしました。ここでは、VHSやU-maticテープをマイグレーション(アナログからデジタル化、別フォーマットでキャプチャーなど)する場合の留意点を挙げます。

  1. 映像をマイグレーションする場合(デジタル化やキャプチャーなど違う映像フォーマットに変換する場合)には、対象となるオリジナル映像のフレームレートの確認が必要。
  2. 映像の再生機(メディアプレーヤー、DVDプレーヤーなど)と映像の支持体(モニターやプロジェクター)には相性があるため、最終的に採用する再生機器はテストしてから決定する。できれば、作家の立ち合いが望ましい。
  3. オリジナル映像が劣化している場合、デジタル修復する場合は作家に確認が必要。修復ではなく、良い状態の映像がないか探して、再マイグレーションする方法もある。複数ある場合は、良い状態の部分だけ抜き出してつなげる方法もある。

テストの詳細については、トークイベント「妄想リバースエンジニアリング vol.2 『メディアアートのコンサベーション with LOVE』」を参照してください

三管式ビデオプロジェクターを探して設置する

 IVに使用した三管式ビデオプロジェクターは、CCBTのテクニカルスタッフも設置経験がありませんでした。そのため、岩井の指揮のもと設置にあたりましたが、やはり現在のプロジェクター設置に比べて調整に時間がかかりました。機器の使用方法については、国内で三管式の取り扱い、設置、設定ノウハウがある業者(EMC設計)に相談できたことは大きな成果だったといえます。

三管式ビデオプロジェクターの吊りテスト:50kg以上あるので、安全作業のためにチェーンブロックを使用した。持ち上げるためには3名必要。

本体で調整する箇所について:3管式ビデオプロジェクターはリモコンだけではなく、本体にレンズユニットの角度調整をするネジや映像の上下反転を切り替えるスイッチなど、現行のプロジェクターにはない独特の調整方法がある。予算と時間があれば、専門家にレクチャーを受けてから調整/設置することが望ましい。

MSX2/MSX2+の修理

III/IVに使われているコンピューター「MSX2」「MSX2+」も同様に、修理業者を見つけることができたため、オリジナル機材を使った再展示の実現性が上がりました。MSXシリーズは、日本では多くのメーカーが発売していたので、修理にあたってメーカー毎の特徴を把握しておく必要があります。今回、修理とフルメンテナンスを実施したソニー製MSXの修理や再展示のための留意点は下記の通りです。

1)ベルトが使われているフロッピーディスクドライブ(FDD)の故障
MSXのメジャーな故障原因の一つにフロッピーディスクドライブ(FDD)の読み込み不良がある。特に、ドライブにゴム製のベルトが使われている場合、ゴムの劣化が原因でフロッピーを読み込めない。この場合、ゴムを交換するか、ゴムを使っていないドライブ(ベルトレス)に交換する。ソニー製はゴムを使っているため、今回はベルトレスのFDDに交換した。

ゴムの劣化でベルトが切れたFDD内部。写真はパナソニック製MSX2+付属ドライブ(写真提供:レトロ堂)
今回、ベルトレスドライブに交換したソニー製MSX(HB-F1XV)のFDD。(写真提供:レトロ堂)

2)映像小基板の故障
ソニー製のMSX2/2+両方で使われている映像小基板は、電解コンデンサーの劣化による電解液漏れによってICやチップ部品が腐食し故障する。この故障のため、映像RGB出力が不安定なMSXがあった。FDDのベルト切れと同じくらいメジャーな故障箇所。

典型的なコンデンサーの腐食写真。今回は、写真ほどのダメージではなかったので、もともとの基盤を生かしコンデンサーの交換とICの半田ごてで修理した。(写真提供:レトロ堂)
レトロ堂が作成した動作確認チェックリスト(資料提供:レトロ堂):FDD、RGB出力に加えて、キーボードの故障があったことがわかる。

3)カートリッジの有無
MSXにはスロットと呼ばれる、外部から専用のカートリッジ(ROMまたはRAM)を読み込むためのインターフェースがある。プログラムによってはカートリッジを挿入しないと動作しない場合があるので注意が必要。

「コンパイラROM」と呼ばれる機能拡張ROM。プログラムをコンパイルすることで実行速度をあげるためのカートリッジ。

4)MSXの機種に依存したプログラム
フロッピーに書き込まれたプログラムが、機種や上記のようなカートリッジの有無に依存する場合がある。例えば、ソニー製のMSXでコンパイル機能を使うにはコンパイラROMが必要だが、サンヨー製のMSX(PHC-70FD)にはコンパイラが内蔵されているため不要となる。ただし、その機能を呼び出すための専用コマンドが用意されており、このコマンドがサンヨー製以外のMSXではエラーとなって実行の妨げとなる。
時間層Ⅲ/Ⅳの再生にはいずれもコンパイラROMもしくはコンパイラ内蔵MSXが必要。サンヨー製MSXではプログラムにコマンド「call BC」をつけ、ソニー製MSXでは「call BC」を消せば再生できるようになる。

5)フロッピーディスクのバックアップ
もし、フロッピーディスクのバックアップがなければ、事前にコピーを作成する必要がある。また、将来、MSXが故障してもプログラムが読めるように、データを吸い出す必要がある。今回は、フロッピーディスクの複製の他に、フロッピーディスクのイメージファイル、フロッピーディスク内のプログラムデータ、うち、プログラムコード(.BAS)をASCIIモード(テキストエディタで開くことができる形式)で保存したデータをメモリースティックに保存した。これに加えて、プログラムコードを紙にプリントアウトしてバックアップを作成した。

6)MSXおよび周辺機器のマニュアルや技術仕様などの資料収集
現行のパソコンとはMSXの使用方法が異なるため、使い方のマニュアルも揃えておくことが必要。MSXにはファンが多く、コマンドリスト等がweb上にまとめられている。また、今後の修理やマイグレーションを見据え、技術仕様に関する資料もコンパイラROMなどの周辺機器に関しても同様の資料収集をしておくことが望ましい。

3.3_フェーズ3:将来のための準備(2023年7月8日〜8月21日)

展覧会が7月7日にオープンして以降、CCBTのテクニカルスタッフを中心に「時間層」シリーズの将来の作品修復を想定してさまざまなテストを実施しました。

1)ストロボ映像のキャプチャー
III/IVも、Iと同様にストロボ映像の再生機をメディアプレーヤーに置き換えることができないかテストを実施。
最終的に作品のアーカイブおよび再制作等のための資料として、なるべく良い画質で残すため、MSXのコンポジットvideoからではなくRGB21ピンから出力した映像をキャプチャー(フォーマット:1280×720 60p prores4444)した。
キャプチャーのための接続は、MSX2+(DIN8ピン) → RGB21ケーブル → RGB21toSCART端子変換ケーブル(ODV GBS-Cとセット購入のもの) → ODV GBS-C → HDMIケーブル → UltraStudio Recorder 3G → Thunderbolt3 → MacBookAir。

2)作品用フロッピーディスクのバックアップとデータ吸い出し
OSに適合したフロッピードライブがあれば現行のコンピューターでもコピー作業はできるが、MSX-DOSシステムディスクを使って、MSXでコピー作業を実施。コピーの手順のメモ(右)を作成。

3)三管式ビデオプロジェクターの代替機の実験
現行のプロジェクター(NEC NP-PA703UJL)で投影実験を試みた。機材構成は、再生機BrightSignHD224にて《時間層Ⅰ》の映像データを再生させ、HDMI経由でプロジェクターから出力し、原理的には同じである《時間層Ⅰ》の筐体へ投影して検証した。
プロジェクターは7000lmのためコントラストはかなり高くなるが、一見ストロボ効果が得られているようにみえたがうまくいかなかった。おそらく、プロジェクターによる明滅がはっきりと出力できていないことが原因だと考えられる。とりわけ、明るい瞬間が長いため、残像が縦筋状に出ている可能性がある。

4)《時間層III》の音声録音と修復
MIDI音源ユニット(KAWAI K1r)のオーディオアウトの1、2、3番から出力される3種類の信号を、オーディオレコーダー「SoundDevices MixPre10-ii」で録音し、別々のファイルとして保存。ケーブルはカナレ「TSフォン-XLR変換ケーブル(2m)」を使用。録音は複数回行った。
録音されたデータにはどれも数回の細かなノイズ音(グリッチのような音)が入っていた。録音するたびにノイズがはいる場所が異なることから、複数の録音データを使って、ノイズ箇所を、同じタイミングにノイズの乗っていないレコーディングデータを使って修復した。ノイズが入っていたのは1番の出力のみで、2、3番の出力にはノイズは見つからなかった。集中してヘッドホンで聞かないと聞き逃してしまう程度のノイズなので、通常の展示状態では気が付かない。なお、将来的にこれら3つのファイルを使って展示するためには、同期させる必要がある。

KAWAI K1rのマニュアルをインターネットからダウンロードして参考にした。

5)《時間層III》のMIDI信号のキャプチャー
MSXから出力されているMIDI信号をMacBookProとDAWソフトウェア「NUENDO12」、オーディオインターフェース「Roland Rubix24」を用いてレコーディングし、MIDIファイルを書き出した。
使われているMIDI音源 「KAWAI DIGITAL SYNTHESIZER MODULE K1r」の設定を記録K1rのマニュアルをオンラインで参照しながら、音色セット(音源とチャンネル)のパラメータを確認し、テキストデータとして記録した。ここでは、1981年に制定されたMIDI規格と1991年に制定されたGM規格(General MIDI)の違いに注意が必要。前者は、シンセサイザーや音源モジュールの音色が各メーカーの機材に依存するものであった一方、後者は、異なる環境でもなるべく同じように曲を再現するための規格である。Ⅲ制作時の1989年の時点では、GM規格以前なので、「KAWAI K1r」由来の音源の設定であることを記録する必要がある。

MIDI信号をMSXからキャプチャーする様子
MIDI音源 「KAWAI DIGITAL SYNTHESIZER MODULE K1r」の設定をテキストで記録



オープン前日に岩井がプログラムを書き換えた後にフロッピーにバックアップするところを録画。これによりCCBTでも、バックアップ作業の手順を把握し、着手することができた。

〈フロッピーディスクのコピー手順メモ〉
■MSX-DOS
フロッピーディスクのコピー等はMSX-DOSでの操作が必要。
MSXにフロッピーを挿さずに起動すると、MSX-BASICがたちあがるが、MSX-DOSのシステムディスクを入れて起動するとMSX-DOSが起動する。
MSX-DOSが起動したら、MSX-DOSのディスクを抜く。
■ディスクのフォーマット
フォーマットだけならBASICでもいける。フォーマットしたいディスクをいれて下記を入力

call format

あとは↓のMSX-DOSの手順と一緒
MSX-DOSを起動後、フォーマットしたいディスクを入れる
下記コマンドを入力

format

RETURNキーを押すと

Drive name?(A,B)

と聞かれるので「a」を入力
すると

1 - 1 side, double track
2 - 2 sides, double track

と聞かれるので「2」を入力
すると

Strike a key when ready

と言われるので任意のキーを入力

Insert diskette for drive A: and strike a RETURN key when ready

と言われるので、フォーマットしたいディスクを入れてENTERキー
しばらくして

Format complete

とでれば完了

■ディスクのコピー
コピーをしたいディスクを挿入
コマンド入力

copy a:*.* b:

ディスクを読み込み始める。

Insert diskette for drive B: and strike a RETURN key when ready

と言われるので、コピー元のディスクを抜き取って、コピー先のディスクを入れてRETURNキー

メモリが128KBしかないので、フロッピーディスクのデータを一度にコピーできないため、この作業を何度も繰り返して少しずつコピーしていく。


4. 課題

作品の文脈を考慮する
本レポートで描かれた「時間層」シリーズの修復プロセスは、関係者による作業日誌とヒアリングをもとに書きました。作業日誌以外に、岩井が立ち会った機材の動作確認やインストール時の映像記録を実施しているので、作業日誌や打ち合わせログなどと合わせて本レポートが将来、再展示のための修復や再制作に活用されることを想定しています。
本レポートでは、主にテクニカルに関することが中心となりましたが、作品の特徴やシリーズとして展開されている作品の関係性などを考察することも、将来の修復や再制作に重要なことです。とりわけ、岩井の作品では「時間層」シリーズに関連する作品(例えば、IVと同じ年に制作された《Step Motion》1990年など)もあるので、作品単体ではなく、他の作品も含めて総合的に修復方針などを決定してくことが望ましいと考えられます。

岩井俊雄《Step Motion》(1990年)のCCBTでの展示風景
(撮影:佐藤基)

見送る勇気
プロジェクト開始当初、MSXや三管式ビデオプロジェクターの完動品を調達できるかどうかは未知数でしたが、結果的にこれらの機材の愛好家が多くいることによって、修理する業者が存在することがわかりました。とりわけ、MSXはゲーム機としても使われていたので、販売台数や愛好家が多く、修理のニーズが高いため、しばらくは使い続けることができそうです。さらに、近年は、日本国内でMSXの普及に尽力した元アスキー社の西和彦によってMSX0のクラウドファンディングが実施されるなど、カセットテープやレコードのように忘れかけられていたオールドメディアが復活する兆しも見られます。
数年前まではMSXの修理や映像キャプチャーなどの作業は技術的に困難または高額でしたが、再注目されたことによって、MSXのキャプチャーボックス、エミュレーターなど関連機器を安価で入手できるようになってきています。このように、あるタイミングでは修理が難しいとされたことでも、時代を経て思わぬきっかけでノウハウが共有されたり、修復しやすくなったり、代替機器の調達やマイグレーションのコストが下がるケースがあります。そのような意味で、今回のMSXの修理や映像のキャプチャーはベストなタイミングだったといえます。
つまり、ある時点で修理不可能な状態になった場合でも、資料価値も考慮し、オリジナルの機材や材料を保管することが、将来のよりよい修理や復元の可能性を残すことになります。

メーカーのサポート停止
メーカーが自社製品のサポートを停止することはよくあることですが、「時間層」シリーズにとって重要な機材であるソニー製のテレビモニター「PROFEELシリーズ」は、メーカーから事故の発生防止のために使用中止が求められています。どこまで修理をすれば安全に使用できるか不明確です。現時点では、ブラウン管テレビモニターを新規に生産販売しているメーカー(Dotronix、米国)があるので、そのモニターを採用することを視野に入れた方がいいかもしれません。
*参考:ブラウン管カラーテレビをお使いのお客様への「ご使用中止」のお知らせとお願い
https://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/ServiceArea/100610/


5. まとめ:時間層シリーズの(逆)再生

個人蔵+作家立ち合いの修復ケース
今回、再展示した「時間層」シリーズのI/ III/ IVはいずれも作家蔵の作品であったこと、そして、作家と共に修復方針を検討できた点が、美術館蔵の作品や作家不在での作業プロセスとは異なる前提でした。美術館所蔵の場合、仮に作家が修復に協力的であっても、所有者である美術館側の意向も重視されるため、必ずしも作家の思い通りになるとは限りません。一方、作家不在の場合、適切なインストラクションや方針がなければ、作品の修復が困難になります。そのような意味で、今回は作家と柔軟に、且つスピーディに修復作業を進めることができた稀なケースであったかもしれません。
今回の修復プロセスは、現代から制作当時へ時間を巻き戻して、作家とともに作品制作プロセスを追体験しているようでもありました。そのことによって、作品のコアとなる部分を関係者間で共有することができました。多くの目撃者の存在は、将来の修復方針を策定するための判断材料の手助けになることでしょう。
そして、想像できるかぎりの未来から時間を巻き戻して、現在準備できること、決めておくことは何なのかを洗い出しておくことが求められます。

作品の再評価と継承へ
「フェーズ3:将来のための準備」の作業で得られたプログラムコードのプリントアウトやMIDI信号データは、作家が自身の作品について違う角度から再検証することにもつながり、岩井にとっても興味深い経験になったようです。
また、今回の修復プロセスに関わった関係者は、筆者を含めて制作当時の機材について使用経験がない世代でした。スタッフにとっては過去から新しい発見をする経験で、制作当時を知る人々にとっては過去から再発見する経験になったと思います。さらに、若い世代の尽力で、作品の発展的な継承のために現時点で最適な修復やバックアップなどができたことは大きな成果でした。

Made in Japanの時代 
1980年代から1990年代にかけて、エレクトロニクス技術やデジタル技術の変遷がダイナミックな時代でした。さらに、日本はバブル経済に代表されるように好景気で、とりわけオーディオビジュアルやテレビゲームのエレクトロニクス機器の領域では世界を牽引した時代でもありました。「時間層」シリーズで修理した機器のうち、ビデオテープ、MIDI、MSXの規格制定はいずれも日本のメーカーが開発に重要な役割を果たしました。そのような時代に作られたメディアアートについて、日本の社会的、技術的背景も合わせて検証することが求められます。

倉庫からの搬出時にケーブルの確認をした:作業中に当時のエピソードや記憶が蘇ることが多いことから、ピンマイクで音声を録音した。
ピンマイクでの録音や映像記録を実施した。写真は、作家目線を撮影するためにGoProを着けてもらったが、作業の邪魔になるのでうまくいかなかった。

「岩井俊雄アーカイブ&リサーチ」プロジェクトのミッション
2011年に岩井俊雄と明貫紘子が立ち上げた「岩井俊雄アーカイブ&リサーチ」プロジェクトでは、今回の再生プロセスで得られた副産物としてのアーカイブ資料(映像記録、音声記録、各種リスト、作業日誌など)を元に、未来から再び時間が巻き戻された時に今回の制作プロセスを追体験できるよう、インストラクションとしてまとめたいと考えています。さらに、それらの資料に広くアクセスできる状態にしておくことも重要です。
岩井が「時間層シリーズ」において過去の視覚装置に立ち返り、その仕組みや構造を研究して独自の作品を生み出した、いわば後進的な発展プロセスと同様に、過去と現在、そして未来の時間を循環することができるようなアーカイブ編成が重要だと考えています。さらに、将来、「時間層シリーズ」そのものの再生のみならず、そこから次世代が作品をバージョンアップさせたり、新しい作品を生み出すきっかけになることを願っています。


6. プロジェクトメンバー

  • 監修:岩井俊雄
  • プロジェクト・ディレクション:明貫紘子(映像ワークショップ)、廣田ふみ(CCBT)
  • プロジェクト・アシスタント・ディレクション:小林玲衣奈(CCBT)
  • テクニカル・ディレクション:田部井勝彦(CCBT)
  • 機材リサーチ/設営監督:岩田拓郎(arsaffix)
  • 機材動作確認:イトウユウヤ(arsaffix)、木村悠介(arsaffix)、中路景暁(arsaffix)
  • MSXエミュレーターリサーチ:三浦大輝(arsaffix/オモローグ)
  • MSX音声録音/MIDI記録:伊藤隆之(CCBT)
  • MSX映像キャプチャー:中川陽介
  • 記録撮影:川端一嵩(映像ワークショップ)、佐藤基、播本和宜
  • 記録撮影アシスタント:乙戸将司(CCBT)
  • 『眼と遊ぶ』プロダクション・メンバー:岩井蕗花、大岡寛典、島田芽生(CCBT)、橋本典久、平松るい
  • 協力:岩井俊雄アーカイブ&リサーチ、映像ワークショップ合同会社、藤村里美(東京都写真美術館)、田坂博子(東京都写真美術館)、邱于瑄(東京都写真美術館)、小林麻衣子(東京都写真美術館)、レトロ堂、株式会社EMC設計、株式会社TASKO、株式会社東京マルイ美術、ウィリアム・アンドリューズ、佐野明子、あきたはるな、四元朝子、文化庁
岩井俊雄の個人倉庫の横にて 撮影:川端一嵩(映像ワークショップ)


明貫 紘子Myokam Hiroko

キュレーター、アーカイブ研究者

1976年石川県生まれ。筑波大学芸術専門学群総合造形、岐阜県立情報科学芸術アカデミー(IAMAS)卒業。ドナウ大学大学院メディアアートヒストリー修了。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]学芸員を経て、「メディアアートの記録と保存」に関する研究やプロジェクトに従事。2013年からinter media art institute Duesseldorf(imai、ドイツ)にてビデオアートのデジタル化とデータベース構築に従事。2018年に木村悟之と映像ワークショップ合同会社を設立し、「眠っている文化・芸術資源を掘り起こし、次世代の創造性につなげる」ことをテーマに活動する。

http://www.eizo.ws

岩井 俊雄Iwai Toshio

メディアアーティスト、絵本作家

1962年愛知県生まれ。大学時代に実験アニメーション制作を始め、驚き盤やゾートロープなど19世紀の映像玩具を立体的に発展させた作品「時間層II」で第17回現代日本美術展大賞を最年少受賞。その後メディアアートの先駆者として、テレビ番組『ウゴウゴルーガ』、三鷹の森ジブリ美術館「トトロぴょんぴょん」、ニンテンドーDS『エレクトロプランクトン』、ヤマハとの電子楽器『TENORI-ON』をはじめ、様々な作品を手がける。1996年には、坂本龍一とのパフォーマンスでアルスエレクトロニカのグランプリを受賞。2006年より、絵本作家としての活動を開始。2008年刊行の『100かいだてのいえ』は、シリーズ累計400万部を数える。2022年にはこれまでの創作活動の全貌に迫る個展「どっちがどっち? いわいとしお×岩井俊雄―100かいだてのいえとメディアアートの世界」(2022年)を茨城県近代美術館にて開催。

橋本 典久Hashimoto Norihisa

プリミティブメディアアーティスト

映像の歴史や発展にともなう様々な装置に根ざした視点から、シンプルで力強い作品を制作。映像メディアに関するワークショップも多数行う。代表作に、「Panorama Ball」(1995年)、「超高解像度人間大昆虫写真[life-size]」(2003年)。越後妻有アートトリエンナーレ2006、「橋本典久の世界 虫めがねと地球儀」(2011年、ギャラリーエークワッド)、松戸アートピクニック(2017年)、越後妻有 大地の芸術祭 2022など展覧会多数。武蔵野美術大学映像学科非常勤講師。1年次必修[映像前史]10年担当。

http://zeroworks.jp