ホーム / CCBTの活動 / Interview with セオ・ヒョジョン(『CCBTアニュアル 2022–2023』より)
レポートCCBTアニュアル 2022–2023

2022年10月の開所から2023年度(2024年3月)までの約1年半にわたる活動をまとめた『CCBTアニュアル 2022–2023』を刊行しました。PDF版は、本ウェブサイト上で公開しています。本記事ではその一部、アーティスト、教育者のセオ・ヒョジョンさんへのインタビューを紹介します。

スクリーンの「公共性」が拓く、共につくるという可能性

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メディアアーティストを志すきっかけとなった日本との関係

私がメディアアーティストを志したきっかけは、日本のシーンとの出会いでした。韓国で偶然、日本のテレビ番組「デジタル・スタジアム」(NHK、2000 ~2009年)を目にし、メディアアートに興味を持ったのです。それ以来、夏休みには日本を訪れ、展示を見たり、ワークショップに参加したりすることが大事なルーティンとなり、その経験が私を現在の道へ導いてくれました。コロナ禍で日本に行きにくい時期が続いていましたが、その間も日本のメディアアーティストたちが新しい技術の意味や社会的影響について丁寧に考えながら作品制作に取り組んでいる姿をSNS等で見て刺激をもらっていました。
その後、CCBTが立ち上がり、キャンプという形式でアーティストたちを集め、体験を共にしながら実直にアート作品をつくり上げていく場をつくったことに大きな意味を感じました。というのも、一般的に、アートは時にアカデミックでエリート的な印象を持たれることがあります。そのことがアートの価値を高める一方で、多くの人々にとってはアクセスしづらい印象も与えます。その意味で、山口情報芸術センター[YCAM]は、メディアアートの拠点として理想的なかたちを備えていると感じています。YCAMはビギナーにも優しく、ワークショップを通じてメディアアートの理解を深める機会を提供しています。当初、CCBTがどういった活動を展開するのかは未知でしたが、YCAMが培ってきたような取組を、エネルギッシュな東京の真ん中で展開できるのではないか、という期待を抱きました。
アートへのアクセスを広げることに加えて重要なのは、そこにいる「人」、すなわち人材を育てるという視点です。韓国では、国レベルでメディアアートやデジタルアートを推進する力が強く、資金もまだ十分に投入されています。そのため、作家やキュレーターも活発に活動しており、世界的に評価される場面も増えています。しかし、国がプロジェクトをサポートする際、担当者が数年ごとに異動するという事例が多発し、知識の蓄積が難しいという課題があります。長期的な発展を目指すためには、ナレッジの蓄積・活用が不可欠です。またこの分野が健全に発展していくためには、作品の評価やコレクターの存在といった価値と経済に係るエコシステムも同時に成長していかなければなりません。たとえば、従来の写真や絵画の美術市場とは異なる評価基準や流通システム、そうしたことに関する研究ももっと必要だと思います。

渋谷が舞台だからこそのコンセプトに取り組む

CCBTから「Future Ideations Camp Vol. 1 : Import *」のオファーを受けたとき、私が最初に考えたのは技術を介して身体の動きを可視化するという内容でした。というのも、このカリキュラムは、ゴラン・レヴィンやジョン・マエダといったマスタークラスの方々が関わるため、それに相応しいテーマを設定しなければと考えていたからです。彼らとともに講師を務めることはとても嬉しい反面、プレッシャーも感じていました。しかし、私が前年に仁川空港やアムステルダム、シンガポールの都市中心部にあるスクリーンを利用して作品を発表していたこともあり、渋谷でのプロジェクトということを考えて、やはり「スクリーン」をテーマにするべきだと思い直しました。渋谷といえば、真っ先に思い浮かぶイメージはスクランブル交差点とそこに設置された数多くのスクリーンです。渋谷のスクランブル交差点では、信号が変わると一斉に人々が様々な場所から動き出します。そのシーンこそが、渋谷で最も象徴的な光景だと思うのです。例えば、信号が赤になると歩行者は止まり、青になると進む。私たちの日常生活は、実はこうした見えない規則によって成り立っています。一方、私はジェネラティブ・アーティストの役割を「イメージをつくるのではなく、イメージを生み出す規則をつくること」だととらえています。だからこそ、みんなが行き交う中にある無意識のルールと、コーディングによって表現された規則が交差するポイントを渋谷につくることを今回のワークショップで挑戦してみたのです。コーディングによってつくられたアート表現を、都市に提案することは、双方にとってとても意義深いことだと思います。
キャンプでは、まず参加者全員でスクリーンについての印象や、どのような「欲望」をスクリーンに反映できるかを話し合うことから始めました。渋谷は広告を中心に、街から人へと情報が流れ込んでくる場所でもあります。そのため、私たち自身の欲望を意識しないと、膨大な情報にただ受動的に飲み込まれてしまいます。ワークショップでは、最初から個人での作品制作に取りかかるのではなく、まずみんなで意見を交換することで、スクリーンに対する普段の考え方や感情を共有できる機会を設けました。このプロセスがあったからこそ、面白い発想を生みだすことができたと思います。

Future Ideations Camp Vol.1 でのグループワークの様子

公共空間における「アート」の意義や役割を考える「Poems in Code」

韓国には、建築物の費用の一部を使って彫刻やアート作品を設置することを義務付ける法律があります。このような規定により、公共空間における「アート」の意義や役割を再考する必要が生まれました。24時間途切れることなく流れるコマーシャルメッセージの中で、少しでもその時間を公共のために使うべきではないか。こうしたスクリーンの「公共性」についての議論が、CCBTのキャンプで深められ、恵比寿映像祭での展示「Poems in Code──ジェネラティブ・アートの現在/プログラミングで生成される映像」に繋がりました。当初は世界中から選ばれた10人ほどの作品を展示する計画でした。しかし、それだけでは十分でないと感じました。スクリーンを「みんなのもの」にするためには、まず「みんな」の参加が必要であり、CCBTのキャンプ参加者を中心に、一般の方々も参加しやすい場を目指すことにしたのです。私はコーディング初心者向けのワークショップを担当し、一方で高尾俊介さんが経験者向けのセッションをリードしてくれました。
大きなスクリーンで作品を見るときの一番の魅力は、その場にいる人々が一緒に作品を楽しめるという点にあります。インタラクティブアートではコンピューターと人間の関係が注目されがちです。でも、鑑賞環境においては、その作品を前にした観客同士の関わり合いこそが重要な要素だと思います。恵比寿ガーデンプレイスでの野外展示では、そうした自然な交流がほかの場所よりも生まれやすい雰囲気を感じました。子どもがスクリーンの前でダンスしていたり、面白い状況が生まれていたと思います。

Future Ideations Camp Vol.1 におけるワークショップ「Body Drawing」での講義の様子

インクルーシブな場としてのCCBTの可能性

私がCCBTに参加して特に感動したのは、アクセシビリティへの配慮でした。外国人の参加者には英語でサポートが行われたり、視覚に障がいのある参加者にもサポートがついていたりと、誰もが参加しやすいオープンな環境であることを強く感じました。この点において、CCBTはまさに「誰でも来られる場所」という理念を実現していると感じます。
今、創作のあり方は大きな変化を迎えています。かつては、専門的なツールを駆使できるクリエイターが作品を生み出していましたが、現在では誰もが簡単にイメージをつくり出せるようになり、「創作の民主化」とも言える状況が広がっています。この変化に伴い、専門家と一般の人々がつくったものの違いとは何か、という問いが浮かび上がってきています。さらにAIによる創作が台頭する中で、「これは本当に自分がつくったものなのか?それともAIが生成したものなのか?」という新しい疑問も生まれています。もはや一人でつくることだけがアートのかたちではなくなり、より多様なアプローチが模索される時代になっています。
現代のクリエイティブな環境で作家が取り入れるべきアプローチの一つは、他者と協力して創作を行うことです。もちろん、専門家同士のコラボレーションも重要ですが、それに加えて、一般の市民を「観客」としてではなく、共に創作する「クリエイター」としてとらえる視点が求められています。CCBTには多様なレイヤーが用意されており、作家はスタッフのサポートを受けながら専門的な作品をつくることができる一方で、ミートアップを通じて市民の視点を取り入れ、新しいコンセプトや意味を見出すこともできます。AIやプラットフォームが発展した現代において、作家一人だけでなく、みんなと共に創るという可能性を様々なかたちで試みることができるのが、CCBTの魅力だと思います。CCBTは、新しい時代における「共創」の場として、非常に大きな可能性を秘めているのではないでしょうか。

『CCBTアニュアル 2022–2023』

シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]の2022年10月の開所から2023年度(2024年3月)までの約1年半にわたる活動を体系的にまとめたアニュアル本。CCBTを拠点に展開された32のプロジェクトやイベントを紹介するとともに、参画したアーティストや参加者の方々のインタビューを掲載しています。
※書籍はCCBTほか、全国の美術館のライブラリーや美術大学の図書館等でもご覧いただけます。

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セオ・ヒョジョンSeo Hyo-jung

アーティスト、Samsung Art & Design Institute 教授

メディアテクノロジーと身の周りの物を融合させ、日常に新しい視点をもたらすインスタレーションやパフォーマンスを制作する。メディアリテラシー教育への関心から、クリエイティブ・コンピューティングの授業を通じてコーディングの様々な可能性を追求しており、当該分野における多数のプロジェクトに携わる。最近では、アルゴリズムによってイメージを生成するジェネラティブ・アートの表現を主なテーマとし、鑑賞者の様々な感情や反応を喚起するユニークで動的なビジュアル作品を展開している。

https://www.instagram.com/seohyo/