今日、ひとこともしゃべってない

メンバー
稲田侑真、金田昌也、Momoka Nakayama、原田馨子
画面の向こうでは、知っている誰かが遠く感じられる。満員電車では、知らない誰かがすぐ隣にいる。
知っているのに遠い他者。知らないのに近い他者。
30年後、人との距離は今よりもっと遠くなっているのだろうか。もしくは、近くなっているのだろうか。この作品は他者と自分の存在を、身体を介してゆるやかに知覚させる。
二人で着る服。
相手の姿は見えない。でも相手が動けば引っ張られる。自分の気配もまた相手へ伝わっていく。二人は近い他者なのか、遠い他者なのかわからない距離につながれている。
30年後にも、人は一人で生きるのではなく、誰かの気配とともに生きているのだろう。
EChO

メンバー
大前勇人、五反田龍志、チャ・ミンフィ、松原遥子、ユー シンミン
私たちは、いつから「循環」を信じるようになったのだろう。
回収ボックスに服を入れる。その先を知らなくても、どこかで再び使われているような気がする。再生素材を選ぶことで、少しだけ安心する。循環は目に見えないまま、私たちの選択を支える、小さな妄信のようなものになっているのかもしれない。
一方で、おさがりや刺し子には、誰が使い、誰に渡すのかが見える循環がある。そこでは、ものとともに時間や記憶、思いも手渡されていく。それは愛がつないでいる。
この作品では、そんな二つの循環を一枚の布の表裏に置き、螺旋状につなげた。見る方向が変われば、循環は先細りにも、広がりにも見える。そして、布の繊維から生まれた音が、その螺旋とともに空間を巡り、鑑賞者の五感に訴える。
30年後、私たちは何を「循環」と呼び、何を信じているのだろう。
服はいつ完成するのか

メンバー
糸数海音、ミキオ | 岡村美紀、松本唯花、山添千種
「作り手半分、着手半分」
——三宅一生
服は、着る人がいて初めて、服として完成する。
服を作る時、そこには常に、まだ見ぬ《着手》への想像がある。
それは、未来への想像、希望を託す《余白》とも言える。
私たちは、「30年後のファッション」を、「30年後に残るファッション」として捉えました。《余白》への想像が長い時間を含むものであった時、服は、長く残るのかもしれない。服が次の世代へと受け継がれ、別の着こなしが生まれる時、服の完成もまた、先へと繰り越されます。
展示の前のあなたは、私たちにとってまだ見ぬ《余白》です。素材を選んで編み、メッシュの板に、くくりつけてください。毛糸、金属、鎖、モール、縄跳び、ゴムチューブ。結び目がひとつ増えるたび、ここにはない服が、ひとつ浮かびます。30年後の未来を思い浮かべながら結んでみてください。着る人ごとに、違う未来、違うファッションが生まれるでしょう。
COM·SIGNALS 2056

メンバー
安部眞史、OUGA、佐久間美里、三宅里佳
人々は、多様なコミュニティとの関わりを組み合わせながら、自らの輪郭を形づくってきた。
2056年、情報サービスやAIによる疑似人格が生活に浸透し、人は自分に合った情報や関係を選びながら暮らしている。そこでは、今はまだ名前のないつながりや、言葉では語りにくい関係も、その人を形づくるものとして受け入れられている。場所や身体を共有せずともつながれる一方、人と人が出会い、互いの存在を感じ取る機会は減り、街の装いも次第に均質化していくかもしれない。それでも人は、誰かと文化や価値観を共有し、自分が何とつながっているのかを確かめようとするのではないか。
ファッションには、言葉では捉えきれない関係や価値観を「装い方」によって伝え、互いを見つけるコミュニケーションの可能性が残されている。
本作は、そんな2056年の世界を想像する。
distance :2056

メンバー
佐々木純怜、せん | 古屋千紘、中巛ルナ、山口果那
1枚の布があれば、外で裸になれる。もちろん、好きな服を着ることもできる。気温の上昇や強い紫外線、突然の豪雨。30年後、そうした環境から身体を守るために、着られる服は今よりも限られているかもしれない。それでもわたしたちはじぶんが着たい服をじぶんのために着たい。そのためには、服を環境に合わせるのではなく、じぶんのまわりに快適な環境を持ち運べばいいのではないか。
私たちは、じぶんの身体に向き合うための空間=試着室をモチーフに、じぶんだけの小さな空間をつくった。外の環境が変わっても、その中では好きな服を着ることができる。環境に適応するためではなく、好きなものを好きなまま楽しむための空間である。
併設した音声では、30年後のファッションを考えるなかで、わたしたちが重ねてきた議論やリサーチを紹介している。さまざまなテーマについて考え、調べ、話し合ったプロセスを、耳を通して体験してほしい。
ぬくもりを感じてもらうための、装置

メンバー
風戸美伶、河原あかり、小山めぐみ、佐々木雄亮、芝村ひばり、Nem Hakumei
« Et bientôt, machinalement, accablé par la morne journée […] Un plaisir délicieux m’avait envahi, isolé, sans la notion de sa cause. »
「やがて私は、陰鬱な一日に打ちひしがれたまま、何気なく〔中略〕。ひとつの甘美な喜びが私に押し寄せ、私をほかのすべてから切り離した。だが、その原因はわからなかった。」
——マルセル・プルースト
今ではない、近い未来。そばにいる大切な人は、もういないかもしれない。祖母を亡くした数日後、手元に届いたのはひとつの箱。そこには祖母がいつも着ていた衣服が、在りし日の匂いとともに収められている。箱を開けたとき呼び覚まされたのは、一緒に過ごした記憶と、あたたかな気持ち。「timeline box」は、現在から未来へ向けて、一着の服と、そこにまつわる記憶やぬくもりを届ける。
注)Marcel Proust, À la recherche du temps perdu, t. I, Du côté de chez Swann, première partie (« Combray »), Paris, Gallimard, 1946, p.65.