Future Ideations Camp Vol.9 フィクション←テクノロジー→想像力

DAY 1

2026.10.10

想像力とテクノロジーはどこにある?

  1. 事業説明「本プログラムについて」
  2. 参加者活動紹介
  3. 【ワークショップ】「演劇における想像力のリアライゼーション」
    講師:岡田利規(舞台芸術祭「秋の隕石」 アーティスティック・ディレクター)
  4. 【レクチャー】「想像力とともにあるテクノロジー」
    講師:筧康明(研究者、アーティスト/東京大学大学院教授)
  5. ファシリテーター活動紹介
    宇佐美奈緒、佐藤朋子、永松歩
  6. グループワーク

撮影:斉藤純平

初日はディレクター・岡田利規の挨拶から始まった。演劇にはまだ顕在化していない可能性があり、テクノロジーとの協働を通じてそれを探りたい。そんな意欲が語られた。

次いで24名の参加者が一人ずつ前に出て1分程度で自己紹介を行なう。演劇やメディアアートのほか、出版、キュレーション、ロボット、ファッション、アーカイブなど専門は幅広い。学生、会社員、起業家などが集まり、経歴や出身国も様々だ。岡田が一人ひとりに質問し、演劇との接点や共同制作への期待を聞いていった。

午後の岡田のワークショップでは、参加者が記憶にある家を言葉と身振りで紹介する実践と質疑応答を通じて、演劇の核にある「想像力」と「フィクション」とは何かが共有された。演じる側と見る側の想像する力によって、その場にない家がみなで「ある」と言えるようになる。岡田は観客の想像力を動かす工夫があるかどうかを自身の価値基準に挙げた。

後半には映画や岡田の「映像演劇」が紹介された。岡田は、登場人物の妄想として街が破壊される場面にはCGだと分かるからこそ感動した一方、CGのクマが本物として人を襲う場面にはしらけたと語った。自作でプロジェクターを隠さないのも、仕組みが見えていてもフィクションの成立には支障がないと考えるからだという。ここにあるテクノロジーと想像力の関係とは何か。技術を使う意味や必然性に迷う参加者には、その迷いに向き合うこと自体がキャンプの目的でもあるとも応じていた。

続く筧康明の講演では、多様な作品やコラボレーションが紹介された。単に高度なテクノロジーを用いるのではなく、人とモノの関わりを組み換えるものとしてテクノロジーを扱う。その肌感覚や問題意識に触れた。舞台芸術祭「秋の隕石」にも出演した新井英夫らとの協働では、演者の体にテクノロジーの側が追いつかないこともあったという。質疑では、素材やテクノロジーと戯れながら何をつくるかを探ることや、仕組みが分かってもなお不思議さが残る体験への関心を語った。休憩時間にも参加者が筧の作品に集まり体験していた。

ファシリテーターの宇佐美奈緒、佐藤朋子、永松歩の活動紹介後は、運営側で振り分けられた5つのグループごとに座り直し、グループワークが始まった。参加者は各々の関心を共有しつつ、サーモグラフィ、VR、指向性スピーカーなど、筧の装置も含めた多様なデバイスを試せる。机で話し込む班もいれば、席を離れて機材に次々触れる班もいる。ファシリテーターは各班の話を聞き、質問や操作の補助を通して関わっていた。終了後には会場の壁に参加者の感想カードがびっしりと貼られていた。

多様な背景を持つ人たちがともにつくるには、互いの疑問や関心をつなぐ軸が要る。岡田と筧のレクチャーを通じて、表現における「想像力」と「テクノロジー」の働きが捉え直され、そこで示された問いや基準が共同制作の軸として深く共有されたように思う。活発な質疑に参加者の熱量も感じられ、ここからの3日間への期待が高まる初日となった。

DAY 2

2026.10.11

モノを通して見つかるリアリティ

  1. 【ワークショップ】「架空の他己紹介」
    講師:佐藤朋子(アーティスト)
  2. 発表・講評
  3. ワールドカフェ
  4. グループワーク
  5. 【基調講演】「都市と広がりの接続点をつくる実践」
    登壇:藤倉麻子(アーティスト)

撮影:斉藤純平

2日目はファシリテーターの一人である佐藤によるワークショップ「架空の他己紹介」から始まった。

参加者は事前に「伴走者」を持参するよう言われていた。日用品、道具、模型、ぬいぐるみやフィギュア、拾ったものなど何でもいい。それを「何かを一緒に考えたり、想像したりするための存在」とし、個々人でその背景について調べたりしながら、事実と想像を交えた紹介文と上演プランをつくる。実現性にとらわれず、今はない技術も想定してよい。佐藤は自作を例に、モノを通して社会や歴史、自分とのつながりを探る方法を伝えた。参加者がリサーチと制作に取り組む中、佐藤はヒントとなるよう、(私を含む)講師らとの対話を断続的に行なった。

参加者はお互いにプランを見せあい、さらに書き直していく。完成したものは壁に貼られ、その前に対応する「伴走者」が置かれた。叩く以外の可能性を探るハンマーの自伝や、小麦や袋など色々な存在がパンを語る構想など、内容も描き方も多様な組み合わせが並んだ。

ワークショップは、現実をただ再現するのではない「リアリティ」に演技やテクノロジーがどう関わるのか、深く検討する手がかりに満ちていた。講評や対話の中で、岡田はそれを「モノに演じさせること」の問題と捉え、佐藤は語り手によって聞き手の構えも変わりうると指摘する。ハイテクな高解像度でなくともリアルを立ち上げられるという宇佐美の話や、文字だけでなく色や上演の時間軸を描き込んだ企画書をリアライゼーションの観点から評価する永松の話、レコーダーを伴走者とするプランにハウリングというエラーの持つ可能性を見いだした筧の話など、いずれも前日の議論を具体的な制作(をめぐる諸条件)へとつないでいた。

午後は今野の進行で「フィクション←テクノロジー→想像力」をテーマに「ワールドカフェ」と呼ばれるブレストが行なわれた。各机に一人を残して10分ごとに席を移り、残った人がそれまでの議論を伝える。制作を通じて自分ごととなった問いや概念は、対話で緩く広く拡散し、模造紙に言葉や図、付箋が豊かに増えていく。本キャンプ内では一般的なブレストもまた、想像し、語り直し、共有する上演の実践に見える。

そして参加者はあらためて成果展示のグループに分かれる。CCBTテクニカルチームが展示条件を案内した上で、再び話し合う。残る制作時間は合計11時間しかない。ブレストで拡散した考えをすり合わせ、具体へと絞り込む必要がある。模造紙に書き、機材を試し、なんとか翌日の制作の方向性をつかもうとする。

休憩後は藤倉麻子の基調講演「都市と広がりの接続点をつくる実践」が一般公開された。自作紹介と質疑を通じて、3DCGと現実を互いの図面や指示書として往復する制作の内実が語られた。そこで目指される「充実」とは、普段社会的に共有されている時間から一時的に解放される可能性を、身近な風景に見いだす感覚に近いという。異なる法則のもとで成り立つ3DCGと現実を互いに変換する中で、そのあいだに隙間めく新たな広がりを探る。虚構と現実が結ぶ関係をテクノロジーのもとで問う、まさにクリティカルな内容だった。

キャンプ参加者からも制作をめぐる質問が相次ぎ、迷いと熱気が混ざり合う空気を感じた。明日から共同制作は本格化し、展示へと一気に進んでいく。

DAY 3

2026.10.12

何を見せれば何を想像させられるか?

  1. 【レクチャー】「キャプションを書く」
    講師:山本浩貴(小説家、デザイナー、批評家、編集者/いぬのせなか座主宰)
  2. グループワーク
  3. 中間発表
    講評:岡田利規、宇佐美奈緒、筧康明、今野恵菜、佐藤朋子、永松歩
  4. グループワーク

撮影:斉藤純平

3日目は、私によるキャプションのレクチャーから始まった。成果展示の来場者は、この数日間の講義や議論を知らずに作品と出会う。その人に何を伝え、どんな構えで見てもらいたいか。同じ部屋の映像に異なる4つの言葉を添える例を使い、キャプションが解説だけでなく、想像や見方を変えることを話した。あわせて、宛先を考えながら言葉を出し、互いに読んで確かめる執筆の方法も紹介した。

グループワークがスタートする。各班はモノや機材を試し、街へ撮影や石拾いに出る班もあれば、会場で装置の調整を進める班もある。ファシリテーターやテクニカルチームは積極的に各班を回り、いま何を試し、どこで迷っているかを聞き、アドバイスしていった。昼休みに入っても作業や議論を続ける班が多く、運営からは休憩を取るよう呼びかけられた。

夕方の中間発表は講評込みで各班15分。膨大なアイデアや関心をなんとかまとめ、いったんパフォーマンスとして見せる班もあれば、現状のプランと背景をメンバーごとに語る班もあった。

Group1は、「だるまさんがころんだ」をもとにしたアプリケーションなど複数の方向性を試していたが、中間発表では、光とフライパンが暇つぶしにじゃんけんをする短い上演としてまとめた。岡田は、その対話を舞台上で示すのか、観客の想像の中で成立させるのかを問い、佐藤は、光と音という異なる言語で無理なやり取りを続ける面白さを語った。

Group2は、「フィクションの再フィクション化」をテーマに、小惑星イトカワのミニチュアをルンバに載せ、地球を探索させる。歌や小惑星との恋物語も加わり、聴衆からは笑いも多く生まれる。岡田が各自の関心から予想外のものが生まれるグループワークの面白さを評価する一方、永松は、経緯や背景を知らない観客への伝え方を課題に挙げた。

Group3は、画像認識技術で石に様々な名前を付け、人が石に役割を与えてきた歴史や、石そのもののアーカイブ性を問う展示プランを構想した。岡田はその着眼点を、演劇が持つ「演じさせること」の権力性と結びつけ、筧は、ラベルと石の対応の面白さだけで終わらない方法がないか問うていた。

Group4は、四足歩行ロボットの動きを画面上の点に変換しつつ、人がロボットの音に息を合わせ、マイクを通して呼吸音を響かせるパフォーマンスを行なった。身近な人の体を理解しきれないという一人のメンバーの話を受け、宇佐美は、ケーブルに繋がれ囲われたロボットに人が動けない状態を重ねて共感したと語り、岡田は、ロボットだけでなく演者を見せるかどうかも選択しうると指摘した。

Group5は、公共空間に座ることで生まれる私的空間と、それへの他者の介入・感知に注目した。発表では岡田が椅子に座り、両脇のスピーカーから女性二人の公園での会話音声を聞く。岡田が、自分を無視して喋る二人は幽霊かもしれないと話す一方、今野は岡田の方が幽霊に見えたと語る。佐藤は、そうした特殊な感覚が、録音で会話を流すからこそ起こっていたのではないかと指摘していた。

発表では、制作中にあった豊かな可能性がこぼれおちる悩ましさも感じられた。しかし展示や上演でもすべては伝えられない。何を選び、どこに力を注ぎ、どういう設えを作れば、最も密度高く展開できるのか。講評には見直しの手がかりも、選んだテーマや技術への確信につながる言葉もあり、充実した時間だったと思う。

各班は、発表後もほとんど休まず装置や配置の再検討を続けた。核を見失わず、どこまで変えられるか。19時半のキャプション初稿の締切も迫る中、最終日に向けた追い込みが進む。

DAY 4

2026.10.13

現れるフィクション、続いていく可能性

  1. グループワーク
  2. 活動成果発表(発表10分+講評10分)
    講評:岡田利規、宇佐美奈緒、筧康明、今野恵菜、佐藤朋子、永松歩

撮影:今井竜也

最終日は岡田の挨拶から始まった。この場にフィクションが現れることを、想像力を使って経験したい。それが、用いたテクノロジーでしかできないものなら最高だと、あらためて発表への期待が語られた。

前夜から今朝にかけても、キャプション用の共有ドキュメントやDiscordには書き込みが続いていた。各班はすぐに制作へ戻る。机が片付けられ、照明が暗くなり、会場も発表の場へ変わっていく。私も各班を回り、キャプション執筆の相談を受けた。何をつくっているのか、どんな言葉を添えればどう受け取られるか。文章を整えることが、メンバー間の認識のずれを確かめ、作品そのものを考え直す時間にもなっていく。

夕方、今野の司会で、ついに成果発表が始まった。

Group1「暇をつぶす」では、前日の台詞の掛け合いがなくなり、衝立の隙間からフライパンや鍵盤を操作する手が見える。光と音が探り合い、ときに重なっていく。宇佐美は、付け足すだけでなく、観客の想像を動かすために要素を省いた判断を評価した。岡田は、舞台では大層なことが行なわれるはずだという観客の期待を、いい意味でもてあそんでいて面白いと語った。

Group2「惑星をプールする」では、小惑星イトカワの模型を載せたルンバを中心に、応援歌や語り、映像の構想が次々と披露された。途中、ルンバが予定通りに動かず観客側にはみ出てしまい、演者・観客ともにそれを助けるところもあったが、筧はそこも含めて楽しんだという。岡田は、宇宙を身近な家電で表す、その隔たりに大きな可能性を見いだしていた。佐藤も、ひとつのモノから様々な物語が出てくることそのものに感銘を受けていた。

Group3「PLAY」では、机に役名と枠を投影し、人が石を動かしてその役をつくる。AIが石を読み取る前日の試みから、人が与えられた言葉によって石を操作する構成へと反転した。パフォーマンスの後には観客も石に触れる。永松は石にスポットライトがあたっているように見える構成をインスタレーションアートとして高く評価し、宇佐美も、AIによる画像認識を前提にそれを虚構化していることにポストAI世代の表現を見ていた。

Group4「蠢く(うごめく)」は、ロボットと演者の姿を隠し、足の動きを映す4つの点に、機械音と人の呼吸音を重ねた。宇佐美は、ロボットかもしれない、違うかもしれないという想像の揺らぎをつくるために、映像や音をさらに工夫できる可能性があると指摘した。佐藤は、ロボットであることを忘れれば変な音を出す虫のように見えたと言い、上演後に語られた、他者の体を理解しようとするコンセプトにもやはり強く惹かれたと話した。

Group5「オルタナティブイス」では、ベンチに座る演者へ他の演者がスピーカーを向け、やがて演者同士がもたれ合い、互いの椅子になるような上演へ進む構成となっていた。音で生まれた場が、装置を動かすことで解体され、組み直される。岡田が、フィクションが観客に「定着」する時間を取ることでさらに良い方向に変化させられるかもしれないと指摘する一方、永松は、私的な空間への侵入を扱った前日の構成から、都市と人の関係を詩的に批評するものへ広がったと高く評価した。

休憩後は車座で4日間を振り返った。筧は、テクノロジーがフィクションや想像力と溶け合い、道具から、環境や考え方に作用する触媒へ進んだと振り返る。参加者からは、何が起こっていたのかまだ分からないが、その状況にこそ希望を感じたという声もあがった。岡田も、演劇を表現形式だけでなく考えるためのフレームと捉える姿勢が参加者それぞれにインストールされたように感じたと言い、すべての発表をもっと長く見たかった、それは素晴らしいことだとも語った。

参加者はまだ翌々日からの成果展示に向けての準備がある。成果発表と、成果展示。ふたつの異なる形式で作品を成立させようとする中では、新たに見つかった可能性も、断念したこともあっただろう。その難しさの中で、今回かたちにならなかったアイデアや発見が、今後の制作や生活の中で新たに動き始める可能性も含めて、この4日間の成果なのだと強く感じた。

執筆:山本浩貴(いぬのせなか座)