シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]では、大学や研究機関との連携事業として、アートやデザイン、テクノロジー分野の学術研究を活用して、都立文化施設における新しい鑑賞体験や情報保障支援等の開発に取り組んでいます。
このうち、「音楽デバイス開発プロジェクト」では、東京藝術大学芸術情報センター(AMC)と東京文化会館と協働し、さまざまな身体的特徴や文化的背景、考えを持つ人々の協働を通じて新しい芸術文化の楽しみ方を探求しています。本プロジェクトでは「音楽の新しい捉え方や共有方法の共創」をテーマに、音の可視化や触覚技術、情報視覚化技術を活用し、音楽体験の新しいかたちを模索し、実現化するデバイスやコンテンツの開発を目指しています。
リサーチノートでは、プロジェクトにおけるデバイスやコンテンツ開発に向けた研究会の様子を紹介します。
執筆: 多田伊吹(筑波技術大学学生、CCBTインターン生)、榮咲季(東京文化会館)
第1回研究会
実施日:2023年6月19日(月曜日)
会場:オンライン
執筆:多田伊吹
第1回研究会は、東京文化会館ミュージックワークショップ・リーダーによるミュージック・ワークショップ構想のヒアリングや、開発するデバイスやツールの方向性などについての話し合いを実施しました。
東京文化会館ワークショップ・リーダーがこれまで取り組んできたワークショップのまとめとして、サウンドシェイプ、ジャンベ、レインスティック、トーンチャイムなど色々な楽器を使ったときの様子や、その場ででた参加者の感想、リーダーの意見などを共有したり、今回使用するデバイスの種類などを検討したりしました。
ろう者と難聴者が音楽を楽しむためにはどういう方法が適切なのか、アナログやテクノロジー技術をどう活かすか、とまだイメージがはっきりと湧かなかったので、今後話し合う余地が大いに必要になりそうです。
個人的には、ろう者と難聴者には、特に音楽が好きな人と音楽に興味が湧かない人も半々いると思っています。単純に歌を聞くのが好きな人や、手話ポエムやミュージックビデオなど、視覚的に楽しめる音楽が好きな人など、同じ聴覚障害を持っていても、音楽との関わり方は様々です。
今回ワークショップは、「音」にこだわらず、障害の有無に関係なく、参加者みんなで楽しめる内容を目指しています。
現在の音楽は、音だけでなくライト 光・ フラッシュや、映像など視覚的に楽しめる要素が増えている中、リーダーたちが考えるワークショップは、「振動」をメインとした内容を考えている様子が見られました。実際、振動が中心となる音楽ワークショップはあまり経験がないので、どういうワークショップになるのか楽しみです。
楽器や振動などで表現しながら 「こういう音が出たら振動もなったよ」と伝わる方法であれば、ろう者と聴者も、身体で「音」を感じて楽しむという感覚を得て、新たな音楽を共創できるのも面白そうかなと感じました。
このプロジェクトが目指すところとして、ワークショップを通した多様性のある音楽表現により、「音楽に正解不正解はない」ということを伝えていけると、ろう者も音の壁を感じることが少なくなるのではないかと思います。みんなで楽しめる音楽ワークショップを目指すように、振動、楽器、ビジュアル、それぞれ工夫しながら研究開発を進めていきたいです。
第2回研究会
実施日:2023年7月31日(月曜日)
会場:東京藝術大学芸術情報センター(AMC)
執筆:多田伊吹
第2回研究会は、東京藝術大学の松浦さんが試作したデバイスを実際に使って音の振動を体験してみました。
検討したデバイスは、振動スピーカーを使います。振動スピーカーをつけたコップに、松浦さんがマイクを通して声を発したら、松浦さんの音声が振動になり、別のコップに伝わってきました。楽器にも装着し、叩くときのスピードや強さ、回数などを少し変えながら試してみました。その後、松浦さん、ワークショップ・リーダーの伊原さんと一緒に問題点や改良点などを話し合いました。
見えてきた今後の課題は大きく3つになりました。
- タイムラグ、バッテリーの改良
今の段階では、声を発してから振動が来るまでの間が少し長めなので、音声と振動が同時に発生できる方法を実施する必要がありました。また、バッテリーの減少が早いため、一日は持つレベルのバッテリーを使用することが理想です。 - 子供でも使える安全性向上
ワークショップの対象者のメインが子供になります。子供が使っても壊れない位の丈夫さ、耐性のあるものを制作する余地があります。また、見た目も「機械」を感じないようなビジュアルに近づけるために、布や箱などでデバイスの機械を隠す工夫をする必要があると話し合いました。 - 振動の違い
実際にデバイスを体験してみて、音声や楽器から伝わってくる振動はほぼ同じだと感じてしまうので、ろう者でも楽しめるように振動にも区別があったらより面白くなることを共有しました。例えば、コップの中に入っているものとして、ネジや木の枝、消しゴムなど、硬いものや柔らかいもの、物による特性が振動にも関わっていると分かると、振動にも面白さを感じるのではないかと思いました。
ワークショップに参加する子供や大人が安全に楽しんでもらうためには、デバイスの利用性や、使うときの安全性も大切に考えています。今回の研究会で、色々挙げた問題点をさらに改良し、より使いやすいものを目指していきます。

第3回研究会
実施日:2023年9月1日(金曜日)
会場:東京文化会館
執筆:多田伊吹
今回は、前回のデバイスをさらに改良したものを使い、さまざまな大きさの太鼓などの楽器で試しました。太鼓を普通に叩くだけでなく、リズムで叩いたり、バチをいくつか変えてみたり、こすってみたりなど、さまざまなやり方で振動を体験しました。さらに、デバイスを付けた楽器の音をパソコンで録音し、あらためて再生し振動をつくることができるようになりました。


振動では、バチを変えて叩いても違いはわからず、また、叩いた数ぐらいしかわかりません。ただ、録音した音を再生して振動をつくるやり方は、さっきまで叩いていた音が、今は叩いていないのに音・ 振動が出ていると演出することもでき、子供にとっては不思議で、面白い!と感じると思います。また、サウンドシェイプとギャザリングドラムから伝わってきた振動は、どちらかというとサウンドシェイプの素材がプラスチック系なので、より響きやすく、振動がはっきりと伝わってきました。
色々な楽器を試したなかで、印象に残ったのはトーンチャイムです。ワークショップ・リーダーの伊原さんと古橋さんのお話ですと、トーンチャイムはとても意見が分かれる楽器で、一般的にはろう者は楽しめないと言われているようです。トーンチャイムの音の特徴は、少し高めの音と長い響きとのこと。私にとっても今回初めての経験でした。トーンチャイムの振動はずっと続いていて、それが「響き」なのだと思います。ずっと「響き」を感じられるような響きの差があり、音が太鼓やサウンドシェイプなどとは違っていることが明確に伝わってきたと感じました。


また、松浦さんとCCBTの伊藤さんが即席で、トーンチャイムの長い響きに合わせて、パソコンの画面が白く光り、段々と消えていくようなアニメーションを作りました。それは、響きが長い補聴器や人工内耳などを使わない人でも、段々音が消えていくという動きが、視覚的に音を楽しめる点が良かったです。
ワークショップ・リーダーが検討しているワークショップのなかには、オランダの画家、フィンセント・ファン・ゴッホの《星降る夜》が登場します。そこで、この作品のように、トーンチャイムに星の絵を付けて、星を飛ばすといったイメージや、トーンチャイムを振るときのタイミングに合わせて画面が光るイメージなど、ワークショップにどう活かすかなど、色々話し合いました。トーンチャイムは音だけでなく、長い響きが振動となり、自分の身体にも伝わってきたので、音と振動、どちらも楽しめる楽器としてワークショップを通して、ぜひ皆さんにも経験してもらいたいです。
その他にも、傾きセンサからビジュアルへ変換するデバイスを、透明のレインスティックにつけて体験したりしました。
今回の研究会では、ワークショップ・リーダーや開発者の松浦さん、また、同じろう者のササ・マリーさんと話し合うことで、トーンチャイムが鳴いた時のパソコンの画面の動きや、傾きセンサによる画面の動きなど、音だけでなく絵や色、映像などビジュアルも楽しめるようなアイデアが多く出てきました。今後は、振動の使い方、パソコンの映像、トーンチャイムの使い方など、ワークショップのテーマや流れと合わせて考える必要があります。ろう・難聴者が「音」を楽しむ方法やみんなで楽しめる音楽ワークショップの形が徐々に見えてきた回になりました。


第4回研究会
実施日:2023年10月2日(月曜日)
会場:CCBT
執筆:榮咲季
第4回研究会では、楽器の響きと音の減衰に合わせた照明の変化を体験しました。トーンチャイムの特徴である長く続く響きに合わせ、トーンチャイムと照明ライトを接続し、音と光を連動させます。
トーンチャイムという楽器は金属でできた棒の形状をし、大きくて長いものほど低い音が鳴り、小さく短くなるにつれて高い音が出る仕組みの楽器です。1本1本それぞれにド・レ・ミと音がつけられ、棒に取り付けられたゴム製のハンマーを金属部分に打ち付けると、金属が震えて音が鳴ります。音が長く伸びていき、次第に消えていく、音の持続時間が長い楽器です。以前、「トーンチャイムのような金属でできている楽器の音は、ろう・難聴者には楽しむことが難しいのではないか」と指摘されたことがありました。今回は、楽器の音の特徴をビジュアル化することで、楽器が発する音の時間やその音の特徴、また演奏している様子などを共有することができるのではないかと、この楽器を取り上げてみることとなりました。
第3回研究会にて、開発チームの松浦さんと伊藤さんが、パソコンの画面上で、トーンチャイムの音の持続・減衰に合わせて動くアニメーションをつくりました。トーンチャイムの長く伸びる音や、音がだんだんフェードアウトしていく様子が視覚的に分かりやすく伝わり面白かったので、今回はライトに取り付けて体験します。


早速、トーンチャイムの金属部分にデバイスを取り付けてみます。使用するライトは2つのライトです。低音が出る大きなトーンチャイムと、高音が出る小さなトーンチャイムそれぞれのデバイスを、各ライトに接続し音を鳴らしてみます。
まずは低音のトーンチャイムを鳴らしてみると、デバイスが反応し、ライトが光りました。音が消えていくにつれ、徐々に光の強さも弱くなっていき最後には消える、トーンチャイムの音の特徴がそのまま光に表現されたように感じました。一方、高音のトーンチャイムでは、一瞬光り、すぐに消えてしまいました。接続の問題なのか、楽器の大きさが小さいがゆえの金属部分の振動の問題なのか、高音の特徴なのか。トーンチャイムならではの反応が今一つ見えづらい結果となりました。
いくつかのトーンチャイムに取り付け、同時に音を鳴らしてみると、デバイスが複数反応し、2つのライトが同じタイミングで光りました。一斉に光り、徐々に消えていく様子が、音だけではなく視覚的にも参加者で一緒に演奏しているような感覚がありました。
総合的な意見として、「楽器を鳴らす」行為と「音が照明となって表れる」という反応が連動し、見ていて楽しいという感想がありました。より発展させていくにあたり、ディスプレイに表示した方がより面白くなるのか、照明ランプなどシンプルな表現の方がより伝わりやすいのかなど、今後はトーンチャイムの音を表すツールをブラッシュアップしていくことが課題となりました。


今回の体験では、音の振動と光との連動により、トーンチャイムの音の特徴や一緒に演奏する様子が共有でき、見ていても楽しいとの結果となりました。見て楽しんでもらうことに加え、参加者にとっての好きな響き、心地よい響き、自分自身の体に馴染む響きを発見できると、その後の音に関する経験も広がりがあるのではないかという感想が印象的でした。また、一緒に演奏している感覚を得やすいことも分かりました。このことは、即興的なコミュニケーションを大事にしている東京文化会館のミュージックワークショップにおいて、重要なポイントになるのではないでしょうか。
これから、ワークショップ内で実際に使用するツールが、ライトなどの照明なのか、モニターに投影する映像になるのか、どのような手法をとることが一番面白くかつ分かりやすく体験、共有できるかということが課題になります。映像の可能性も探しながら、具体的なアウトプットの方法を見つけていきたいです。
プロジェクトについて
シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]の大学や研究機関との連携事業の一環として実施している「音楽デバイス開発プロジェクト」は、「音楽の新しい捉え方や共有方法の共創」をテーマに推進するプロジェクトです。インクルーシブ・デザインを軸に、さまざまな身体的特徴や文化的背景、考えを持つ人々の協働を通じて新しい芸術文化の楽しみ方を探求しています。
CCBTと東京藝術大学芸術情報センター、東京文化会館、そして、ろう・難聴者と共に実施しています。音の可視化や触覚技術、情報視覚化技術を活用し、音楽体験の新しいかたちを模索し、実現するデバイスやコンテンツの開発に取り組んでいます。また、開発したデバイスをオープンソースとして公開・発信することで、より多くの人の手に渡り、そこから新たなデバイス開発へと繋がるコミュニティを形成すること、ろう・難聴者の音楽体験の価値を高め、その体験を通じたコミュニケーションの可能性を拡げることを目指します。
※本プロジェクトにつづくプレ研究会として、2023年2月14日にCCBTにて「ワークショップのための技術体験&研究会」を実施しました。その様子は、東京芸術大学芸術情報センターLABウェブサイトにて公開されています。
参考記事:
「AMC Connect AMC + CCBT + 東京文化会館」(芸術情報センターLABページ)
プロジェクトメンバー
デバイス開発:
松浦知也(SoundMaker、東京藝術大学芸術情報センター特任助教)
伊藤隆之(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]テクニカルディレクター)
イトウユウヤ(テクニカルディレクター/arsaffix)
多田伊吹(筑波技術大学学生、CCBTインターン)
ワークショップ開発:
伊原小百合(東京文化会館ミュージック・ワークショップリーダー)
坂本夏樹(東京文化会館ミュージック・ワークショップリーダー)
櫻井音斗(東京文化会館ミュージック・ワークショップリーダー)
古橋果林(東京文化会館ミュージック・ワークショップリーダー)
Sasa/Marie(SignPoet(手話による「てことば」で詩を紡ぐ人)、ミュージック・アクセシビリティ・リサーチャー)
コミュニケーション支援(日本手言語話⇔日本語):
石川ありす
伊藤妙子
加藤裕子
篠塚正行
プロジェクト・マネージャー:
榮咲季(東京文化会館)
鹿島萌子(シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT])
プロジェクト・ディレクター:
伊藤隆之(アーツカウンシル東京デジタルクリエイティブ推進課テクニカル担当課長)
梶奈生子(東京文化会館事業企画課課長)
連携先
東京藝術大学 芸術情報センター(Art Media Center:AMC)
日本で唯一の国立総合芸術大学である東京藝術大学において、全学に向けた情報インフラストラクチャの整備運用、情報メディア技術に関わる教育研究活動、創作支援のためのAMC LABの運営を行っている。AMC LABやAMC開設授業は、学部・学科を超えた交流の場としても機能しており、近年では「AMC Connect」として学内外の組織のハブとして、より多様なコラボレーションを展開している。
東京文化会館 Music Program TOKYO「Workshop Workshop! コンビビアル・プロジェクト」
アートによる多元的共生社会の実現を目指し、年齢や障害、社会的ハンディキャップのあるなしにかかわらず、あらゆる人々が音楽鑑賞や音楽創造体験に参加できる機会の提供や、多様な人々が新たな文化創造に主体的に関わることができる環境の整備を目指し、2017年度より様々な取り組みを行う。特に、人々の音楽創造体験への参加の点においては、特別支援学校や社会福祉団体などと連携し、あらゆる立場の人が音楽や楽器に触れながら、自己表現能力やコミュニケーションを深めることができる音楽ワークショップを展開している。